第 3874号2023.05.14
「春の馬」国東 しん (ペンネーム)
いつにもましてぼうっとしている。 春がきたらしい。 ぼうっとしていることに拍車が掛かっている。 “ぼうっと”という名の拍車をがしがしと当てられた私を乗せた馬は 驚きのあまり、ぼうとぼとぼと、ぼぼぼぼぼぼーっとっとっとっとー。 と駆け出している。 それでも、歯ブラシを鼻に刺すわけでもなく、ズボンを頭に被るわけ でもなく、寝癖は酷いまま、普通に会社に行って日々の生活をこなして いる。生活は廻る。 春は人を可笑しくさせるらしい。 ある種の解放感が私の中でも一杯になり、判断能力を鈍らせている。 何か仕出かしそうな、不穏な空気が私の周りに纏わりついている。 最近、家の鍵を掛けずに出たのは私だ。 眼鏡を右手に持っていたのに、眼鏡を探しまわっていたのは私だ。 駅の改札口に保険証を当てて、懸命に外へ出ようとしていたのは私だ。 腹立たしくて気に入らなかったはずのあの人に、恋をしたのは私だ。 どうも様子がおかしい。 最近まで一生懸命探していた春。 今はどこもかしこも春になっている。 何かを仕出かす前に、この駆け出した馬から降りないと。