【オンライン通販限定】送り先1か所あたり
10,000円(税込)以上で送料無料

今週の風の詩

第4031号 軽井沢 小旅行(2026.5.17)

軽井沢 小旅行
喜多 今日子(ペンネーム)

友達と二人で5月21、22日と軽井沢へ小旅行に行った。その友達は都道府県は全て訪れたことがあり、今まで行っていない所を訪れるのを楽しみにしている。ひょんなことから軽井沢へ行ったことがないとわかり、私も学生時代に訪れてから50年以上もたったので行ってみたいと思い、トントン拍子に話がまとまった。
 北陸新幹線で東京から1時間で軽井沢着。列車を降りると、東京のもわっとした空気ではなく、ひんやりと爽やかな空気。高さを競って林立する高層ビル群はなく、素敵な駅舎とまわりの山々が私達を迎えてくれた。
 1日目は軽井沢から小諸へ足をのばし、懐古園の中をのんびり散策した。
 2日目は、白糸の滝、旧軽井沢銀座、ショー記念礼拝堂、雲場池、ハルニレテラスと人気観光スポットを巡った。
 私達二人は普段は夫婦二人の生活。育児からは解放されたが、家事に追われる毎日。この2日間は普段の生活を離れ、のんびりとした時を過ごした。新緑の葉が重なり合う隙間から見える澄んだ青空。バスの車中から外を見ると、木立の中になだらかな屋根の平屋の別荘が点在している。窓から見えた清流も涼しさを一層感じさせた。
 そうだ、今度は一泊ではなく、1週間くらい滞在するのもいいなぁ、素敵なカフェやレストランで食事を楽しむのもいいなぁ、いや、なかなかそんな余裕はないかも・・・と考えながら、旅の余韻に浸っている私です。

第4030号 「ねぇ、見て、うまいでしょ!」(2026.5.10)

ねえ、見て、うまいでしょ!
梶山順子

 小高い丘の上にある住宅街には、いろいろな鳥が来る。緑が多いからだろう。自宅の部屋から外をながめると、電線やアンテナの上に、様々な鳥が止まる。ガラス、モズ、スズメ、ハト、シジュウカラ、カワラヒワ、セキレイなど。名前が、わからない鳥もいる。遠くの木の中から、ウグイスの「ホーホケキョ!」の声がする。美声だけで、姿は見えない。「トッキョキョカキョク!」の声もするが、ホトトギスの姿も見えない。
 近所の池にある公園には、カモが泳ぎ、カメも時々、石の上に甲羅を干している。買い物に行く途中、ここに立ち寄る。カモは、おなかいっぱいになっているのか、あくびをしながら、「ねむいのよ!」と目をつぶる。
 池の周りには、いろいろな種類の木々がある。私にわかるのは、モミジ、桜、つげ、ツツジぐらいである。ところどころに、木に名前が書かれた札があるが、私はおぼえられない。
 桜の季節、満開になると、お花見客を気にしないで、ヒヨドリやメジロが花の蜜を存分に、吸っている。
 天気の良い日、公園の階段をのぼり、頂上に着くと、遠くに富士山が見える。その時は、雪が残っていて、美しかった。小鳥たちが「ピッピ」「ピッピ」とさえずっていた。お正月には、この頂上から、日の出を見る。
 ある日の事。プラスチックのゴミを出してはっと一息ついて外を見ると、袋が、あちらこちらに転がっているのが、目に入った。我が家のゴミ袋である!!びっくり仰天!すぐに飛んで行ってみると、カラスが一羽!けって飛んでいる!袋をつついて破るでもなし、転がして、ボールをける様に。大きなプラスチックの袋を、右に左に、まるでサッカーボールのように!「見て見て!うまいでしょ!」と言うように「カア!」と一声ないて飛んだ。

第4029号 母への恋文(2026.5.3)

母への恋文
たかたん(ペンネーム)

よく母が人前で言ってくれた、自慢の息子です、と。
人より取り柄があるわけでもなく、勉強ができたわけでもない、運動会のマラソンではいつもビリに近かったが、「いつでも最後まで投げ出さずに、途中で諦めずにゴールを必死に、真剣に目指していた」と、誰もが見ないところを自分のことのように見守ってくれていた。
帰省した後に1人東京へ向かうときには、駅のホームでいつまでも手を振って見送ってくれていた、白内障でぼんやりしか見えないはずの眼で。
自慢の息子です、本当にそれに値するのか、何度も自答しながらも、母が胸を張って、自慢の息子です、と言えるように、まじめに誠実に生きようと思っていた。
今ではもう「自慢の息子です」と言ってくれる母はいない、10年前に亡くなった。最後の最後まで看取ったことがせめてもの償いであった。
それでもこれからも、母の年齢へ近づき追い越そうとしていくけど、自慢の息子であり続けるように、母の思いを大切にしてこれから死ぬまで生きていきたい。
本当に本当に母に会いたい、母に会って、精一杯良い子のように立ち振る舞って「自慢の息子」と言ってもらって喜ぶ母の笑顔をもう一度見たい。

第4028号 出羽の国から(2026.4.26)

出羽の国から
森響平


4月末、蔵王温泉の地には本格的なグリーンシーズンが訪れ、まっすぐな日差しが新緑を鮮やかに照らすようになった。私は温泉旅館の一室で、画面に向かって語りかけていた。国語の授業なのだ。

 私の勤務する高校では毎年「オンライン授業デー」を設けている。今後またウイルス禍に見舞われても教育活動を継続できるよう、その予行としての授業日だ。

 今年もゴールデンウィーク谷間の平日に設定されると決まったとき、私の中に妙案が浮かんだ。直前の休日を使って遠くに出かけ、旅行先から授業を配信してやろう。前々から気になっていた山形の立石寺、蔵王温泉をめぐるプランを計画し、すぐに宿を手配する。ノートパソコンと教材を詰め込んだトランクを引きずって、デビューしたばかりの新型・山形新幹線に飛び乗った。立石寺は松尾芭蕉が紀行で訪れた場所であり、名句「閑さや岩にしみ入る蝉の声」はここで詠まれたという。蔵王温泉は日本の近代短歌を確立した歌人・斎藤茂吉ゆかりの地だ。手前味噌だが、国語教師らしいチョイスと言えるだろう。

 旅程2日目、滞在する和室から授業の配信を始めた。ほとんどの教員は学校から配信をしていたようなので、私のリラックスした姿に驚いた生徒もいたことだろう。宿泊先は雰囲気のある温泉宿だったが、通信環境も安定しており、授業はつつがなく進行した。本当は自分がいる蔵王温泉を紹介し、なぜこの地を旅行先に選んだのか滔々と語りたかったのだが、オンラインでも思ったほど時間に余裕がなく、それはおあずけになった。

 結局、画面の向こうの子どもたちに旅情は伝わらなかっただろう。それでも「こういう自由な働き方もある」ということを、少しでも感じ取ってもらえたならば十分だ、東京に戻ったら学級通信を執筆して、蔵王温泉の源泉かけ流しの魅力や、『おくのほそ道』の面白さを語るつもりだ。


第4027号 春の海とカフェ(2026.4.19)

春の海とカフェ
しおぴー(ペンネーム)

海の近い街に引っ越してきて、家から海まで歩いて2分程度の距離、ポカポカと暖かい春の日、昼過ぎにスニーカーを履き、素足で海に入ってみると、まだ少しひんやりとした海水が足を包む、水は冷たいけれど柔らかい風が心地よい。

散歩していると、初めて入る海辺のカフェを見つけた。ドアを開け、中に入ると、ほのかに漂うコーヒーの香りが心を落ち着かせる、カウンターで暖かいコーヒーを注文し、一口飲むと、その温もりが体に染みわたる。
隣のテーブルでは地元のサーファー仲間たちが今日の波の具合とボードについて語り合っている、アゥエイな感じがしながらも、悪くない時間である、しばらくその雰囲気を楽しんでいた。

持ち帰り用にもう一杯コーヒーを頼み、再び海辺に戻る、やや日が傾き始めキラキラと海面を黄金色に照らしている、潮の香りとコーヒーの香りが混ざり合う中、砂浜に腰をおろしてコーヒーをすすった。
その瞬間、何とも言えないリラックスと満ち足りた気持ちがココロに広がっていく・・・・・・
こんな時間ができるとは、ありがたいこと、あらためて家族や関わる人たちを想う
カフェの居心地の良さに惹かれ、また来てみようかなと思った。
しばらくはあのカフェに通って、潮香りとコーヒーの時間を楽しむ日々が続きそうだ。


第4026号 百葉箱(2026.4.12)

百葉箱

ポンちゃんと明景美ちゃん(ペンネーム)


 校庭の片隅に立っている白い建物が気になっていた。神秘的にそびえ立つその建物のついて尋ねてみると忙しかったのか先生に「大切なものが入っている」とだけ、笑顔でかわされてしまったのが事の始まりである。芝生が敷かれた小高い丘に周囲をロープで守られたその建物を当時小学校に入学したての私は「これは神様の家に違いない」と結論付けたのである。それからというもの事あるごとにその場で願い事をした。漢字テストで百点とれますように、運動会でリレーの選手に選ばれますように、時には喧嘩した友達との仲直りまで、純粋な子供の願いは不思議なまでに次々とかなえられ、いつしか私の頼れる存在になっていった。しかし、その日は突然やってきた。真相を突き止めることなく三年生になったある日のこと、放課後の校庭で、新任の先生があの神様の扉を開けているところに出くわしてしまう。覗きこんでいると中からは神様ではなく理科の実験で使うような機材が次から次へと姿を見せたのである。
そう、それは百葉箱。その瞬間、長年の勘違いに気づいた私はいつも誰もいないところでそっと手を合せていたことに安堵した。ぜったいに誰にも見られてないはずだと。
 しかし二十年後のこと、小学校の記念式典に出席した私は百葉箱の前で声を掛けられた。声の主は男の子を連れた同級生である。この場所で私が手を合せていたこと、それを真似て彼女は受験や安産祈願までもここにお参りに来たということを話し始めた。冷静になって状況を理解すると、彼女の勘違いは今も続いている。だが、今も大切な心のよりどころであることには間違いはない。私はただこっちを真っ直ぐな目で見つめる男の子に笑いかけた。「ねえ、君、小学校に入学して百葉箱の意味を知ったその時はあとをよろしく」
 それから小学校は移転した。そして現在、全国的に百葉箱は消滅しつつあると聞く。

第4025号 春の訪れ(2026.4.5)

春の訪れ

フォトグラファーD(ペンネーム)


春が来ると、庭がにぎやかになる。雀やムクドリが水入れにやってきて、小さな嘴で水を飲む姿は、まるで自然の小さな贈り物だ。朝、窓を開けると、彼らの軽やかな羽音やさえずりが耳に飛び込んでくる。冬の間は静かだった庭が、こうして命で満ちていくのを見ると、心までが少しずつ解けていくような気がする。

時々、塀の上をネコが歩いているのも見かける。しなやかな足取りで、春の陽気を楽しんでいるようだ。陽だまりを見つけては丸くなり、目を細めて眠るその姿に、私まで穏やかな気持ちになる。ネコにとって春は、暖かさの中でまどろむための季節なのかもしれない。そんなことを考えながら、私はコーヒーを手に庭を眺める。

春の訪れは、目に見える変化だけではない。朝露に濡れた草葉が陽光に輝き、土の下から新しい芽が顔を出す。その静かな力が、長い冬の終わりを教えてくれる。桜のつぼみが膨らみ始めると、歩道橋に花びらが舞い、空が淡いピンクに染まる瞬間がやってくる。あの色を見ると、毎年なぜか胸がぎゅっと締め付けられるような、懐かしい気持ちになる。

庭に響く雀の羽音やムクドリの歌、ネコの静かな足音。それらが混ざり合って、春らしいハーモニーを奏でる。この小さな世界の中で、命が動き、息づいているのを感じるたび、私もその一部なんだと実感する。春は派手な登場をしない。静かに、けれど確かにやってきて、心に温かな希望を灯してくれる。

今日も庭を眺めながら思う。春の訪れは、こんな日常の中で感じるものだ。雀が水を飲み、ネコが塀を渡り、桜が咲く。このささやかな幸せが、季節の贈り物なのだろう。

第4024号 糸と針(2026.3.29)

糸と針
どんちゃん(ペンネーム)

先日、大型総合手芸店に行った時のこと。

糸の売り場を見ていたら片っ端から近くにいるお客さんに「ワイシャツのボタンをつける糸は、どれですか?」と聞いている高齢の男性がいました。
糸の種類は豊富で、フロアも広いので、どれを案内してあげたらいいのか皆さん、わからないようでした。

私は、ちょうどボタンつけに適した糸の棚の前にいたので、1つ手に取り「ボタンつけに適した糸は、これですよ」と持っていってあげました。

すると、この機を逃すな、とばかりに、食い気味に「丈夫に、頑丈に、取れないようにつけたいけど、これでいいのかい?」と聞いてきたので「大丈夫!」と教えてあげました。

その男性はホッとした顔をしてお会計に向かいました。

その後、糸売り場を離れようとしたら、また1人、高齢の男性が、そばに寄ってきて、こちらをチラチラ見ながら大きなため息をついてます。

聞こえよがしに「これで、いいのかなぁ…」と糸を手にしてつぶやいています。
またまた、お節介ながら「どうしました?」と私。
「バスタオルの端を縫いたいけど、この糸でいいのか、わからなくて」とのこと。
「この糸で大丈夫よ!」と伝えた、男性の手の中に、とても長い太い針が!
もしかして、その針で縫うのだろうか?
バスタオルに大きな穴が空いてしまうかもよと伝えると、手の感覚も衰えてきたし目も見えなくなってきたから、大きな針をあえて選んだとのこと。
なるほど、その様な理由から、大きな針もありかも。

2人目の男性も「ありがとう!」と去っていきました。

高齢になっても初めてのことにチャレンジする姿、出来る事が限られても創意工夫してやってみようという姿、わからないときには積極的に教えを請い知ろう、学ぼうとする姿に感服し、素敵だなと思います。
糸と針を持って裁縫している姿を想像し、心がほんわかし、微笑ましく思い、「がんばれ~!」とエールをおくりたくなりました。

第4023号 歴史の証猫(2026.3.22)

歴史の証猫
野村齋藤(ペンネーム)

古びた和菓子屋の木の棚に鎮座する片手を高く掲げた招き猫。
その毛並みは薄れても、その眼差しは時代を越えて、てらてらと輝いている。

初代は言った、「夢を描きや」と。
店を開いたあの日、寒空の下、小さな屋台にこの猫を置いた。
お客が一人、また一人、小銭を握りしめた手が、生きる糧へと変わる夜を重ねた。

次の代は言った、「耐え忍びぃ」と。
戦の影が街を覆う頃、店も品物も一時消えた。
けれどこの猫は残った。埃をまとい、暗い倉庫で待っていた。
夜明けが来るその日まで、希望を捨てずに祈り続けた。

三代目は言った、「共にわろえや」と。
復興の風が吹き、街が賑わう。
店に戻った猫の隣で、子供たちが笑い、お客もつられて笑う。
その平和の香りは、猫の手をより高く掲げさせた。

四代目は言う
「その招き猫はな、ただの置物やない。
夢と忍耐、ほんで喜びを刻んだで、一族の歴史の証猫や」と。

第4022号 幸せ過ぎて怖い(2026.3.15)

幸せ過ぎて怖い
長澤沙也加(ペンネーム)

娘と息子に、寝る前に絵本を読んでいる。
 その日の絵本は、かわいらしいネズミのキャラクターのお話だった。
 ネズミが走っていると、仲間のネズミたちが「どこに行くの?」と訊いてくる。しかし、ネズミは立ち止まらずに走り去って、仲間たちがそれを追いかける。途中バナナの皮を踏んで転んだり、穴に落ちたりして、ようやくたどり着いた先では、たくさんの仲間たちが、月明かりの下で踊っていた。みんなで一緒に踊り「ダンスをすると幸せな気分になるね」と言い合う。そして、最後に「幸せ過ぎて怖い!」とネズミが言う。
 それを読むと、娘が、こう質問してきた。
「幸せ過ぎて怖いって、どういう意味?」
 わたしは、スマートフォンで「幸せ過ぎて怖い 意味」と検索しようとして、いやいや、「幸せ過ぎて怖い」は、意味もなにも、「幸せすぎて怖い」ということだろうと、画面を切り、考え、「幸せ過ぎて怖いって、どういうことだろうね」と質問に質問で返してしまった。
「幸せ過ぎる」という状態は、子どもにとっては「幸せ過ぎる」という、そのままの状態として受け取られ、そこに「怖い」が直結する意味が、わからなかったのだろう。
「幸せ過ぎて怖い」という状態には、2パターンあると思う。ひとつは、幸せな出来事が重なり過ぎて、それ自体が単純に怖い、というもの。もうひとつは、幸せな出来事が重なり過ぎて、こんなに幸せなことが続くということは、きっとこのあとは悪いことが起こるはずだ、という予測からくる怖さだ。
 何歳ぐらいからわたしは、この「幸せ過ぎて怖い」という言葉の感覚を、理解できるようになったのだろう。
 娘が「幸せ過ぎて怖い」を理解できる日は、いったい、いつになるだろう。その日が少し不安なような、楽しみなような、複雑な心境である。

カレンダー
  • 今日
  • 定休日
  • 受付のみ・発送無し

土日祝日は発送がお休みです。水曜日も発送が休業の場合がございます。

ページトップへ