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今週の風の詩

第3949号 秋麗の山手線で(2024.10.20)

秋麗の山手線で
笹尾 光子

 秋晴れの午後、上野の美術館へ行ったときのこと。目黒駅からの山手線で、インドネシアの青年と隣り合わせた。目と口元がきれいで、笑顔が清々しい。群馬県在住で介護施設で働いている技能実習生だという。
「お仕事大変でしょう?」と話しかけると、
「大変だけれど、もう慣れました。日本で働けるだけで幸せです。日本は自由なので大好きです」と言う。ときどき技能実習生の厳しい実態を聞くので、「嫌なことがあっても日本を嫌いにならないでね」と言ったら、笑ってうなずいていた。
 彼は三人連れで、他の二人はスカーフをかぶった女性と彼と同じ年頃の男性。恋人同士だという。
「僕も彼女が欲しいです。日本人の女性で結婚してくれる人が。日本人と結婚すれば日本国籍になれますから。結婚したらお母さんも日本に呼びたいです。お母さんも来たがっているんです」
と夢を一気に語った。名前と歳を訊かれたので、八十だというと、「僕のおばあさんは七十二だけどもう歩けません」とほめる。
 話は尽きなかったが、電車が東京駅に着いて、そこで彼は降りていった。

第3948号 しあわせの(2024.10.13)

しあわせの
辻 京子

 秋晴れの日知人の急逝を聞いた。その人とは夏まえに会った。植え込みのアジサイがきれいだった。日陰を選んで歩いた。そう6月だった。長時間居られるからとファミレス。焼き鳥やビール、ポテトサラダに唐揚げ。メールに返信がないなぁと思ったが、そのうち忘れてた。共通の友人をとおしてその連絡はいきなりきた。心不全で本人もわからないうちに?と弟さんは言った。七月というからもう三か月も前のことになる。

 そんな時、残り時間を意識する。何してる時がすき?
いつもの散歩道で風を感じる時、あっ彼岸花が咲いてる、これは金木犀の香り、樹々の繁る夏は涼しく、木の葉の落ちる冬は陽が当たってあったかい好きな道。
気のおけない友人とのとりとめもないおしゃべり、っていうかその待ち合わせ場所に向かってる時間。普段入れないお高めの店に子供たちが連れていってくれ雰囲気や器や彩りやさすがというお味やしつろいにひたるとき。最近は長崎旅行での新鮮な刺身、大将おまかせの握り寿司、煮魚に至福のひととき。合間に仕事の話をきく。うん、楽しそうにやってるな。
 本屋であてもなくぶらぶら見て歩くのも心が開放されて好きな時間だ。出先で電車の窓から流れる景色を見るのも良い。線路際の家、田んぼの中の家、坂の上の家、山の中の家、それぞれに面白い。
 川沿いのサイクリング道路、光る水面、ゆれるススキやコスモス、暑いの寒いの向かい風だのブヨがバチバチ当たるのと文句言いながらそれはそれで楽しい時間。気がつけば鼻歌。
 特に用事がない日に窓際でのんびり新聞を読むのも悪くない。
 なんてつつましいことか、とちょっと自分をいじらしく感じる。


第3947号 ひっそり(2024.10.6)

ひっそり
Kayoko(ペンネーム)

今日は元気が出ない
ずっと家に居る
どこへも行きたくない
お金は使わない
食べたい物も無い
時間がきたら消化の良いものだけを少しだけ

だれも来ない
だれとも しゃべらない
テレビはつまらなくて消す
昨日の温めなおしを食べ済ませる
こんな日も たまにはある

どんなに暇でも一応生きている
今日は一日 お休み
テレマンのヴィオラ ラジオから流れ
モミジは そよそよと やわらか

第3946号 赤いホーロー鍋(2024.9.29)

赤いホーロー鍋
大澤 江里子

 家族が集まるときには、決まって寒天を寄せてもてなしてくれた祖母。牛乳寒天、珈琲、みかん。レパートリーはそのみっつの味だ。
 しっかりと冷やし固められた寒天は、水にくぐらせた天然石のように瑞々しくて艶々。ぷにょんとした雰囲気のゼリーとは違う、海藻のコリコリとした食感も気持ちがいい。みっつの味の中でも牛乳寒天ばかりを食べてしまうから、よく注意されたけれど、おばあちゃんの牛乳寒天が大好きなのだから仕方ないじゃない。
 おばあちゃんには娘が4人いて、孫の中で女はわたしひとり。わたしはすくすくとおばあちゃん子に育った。近所に住んでいたから、習い事のピアノがない日には、よくおばあちゃんのところへ行って遊んでもらった。田畑に出て水やりや野菜の収穫を手伝い、小豆を炊いておはぎを作ったり、故郷の笹団子を一緒に作らせてもらったり。ほかにも浴衣を仕立てたり。縫い物をするときもとなりで見ていた。おばあちゃんの両手からは、鮮やかで華麗な技が次々と出てきて、なんてかっこいいんだろう。
 ある日、小学生のわたしは意を決して、おばあちゃんに牛乳寒天の作り方を教えてほしいとお願いした。この味をわたしが継がなければ、なぜだかそう思ったから。赤いホーロー鍋を前に、おばあちゃんとの牛乳寒天作りが始まる。鍋底から全体に、たえまなく優しく木べらを動かし続ける作業に、手首が悲鳴をあげそうだった「そろそろいいかなぁ」幾度となく聞いてみるけれど「まだまだ」という答えが返ってくるのだった。
 いつも、こんな風に手間と時間をかけて作ってくれているんだね。おばあちゃんのような人になるには、とても簡単ではないことを思い知った。
 小学生の孫に対してもごまかさず、本気で向き合い、いつでも教えて見せてくれた。もう直接会えなくても、おばあちゃんの生き方をそばいにいて見ていたわたしは、人生に困難なときが来ても、進む方向をおばあちゃんが指し示してくれる気がするからなんだか心強い。大丈夫だよおばあちゃん。

第3945号 小さなもの(2024.9.22)

小さなもの
こもれび(ペンネーム)

小さなもの

この大きな世界は
小さなもので溢れてる。

いつも、この世界は
小さなものが支えてる。

店の入り口で 「お先にどうぞ」と
言われただけで、嬉しくなった。

それは 風に舞うくらい
小さなこと。
忘れ去られるほど
小さすぎる。

だけど、大きな世界で
小さなものがなくなれば
きっとこの世界の
灯りが消えてしまう。


迷子のハンカチ拾ってあげたら
「ありがとう」って、微笑まれた。

それは 人に話したら
笑われそうなこと。
しばらくたったら
忘れそうなこと。

いつも、大きな世界を
小さな灯りがともしてる。

今日も、大きな世界は
小さな愛で溢れてる。
いつも、この世界は
小さな愛がつくってる。

第3944号 ピーラーとマッシャー(2024.9.15)

ピーラーとマッシャー
まぶた(ペンネーム)

今年の四月からグループホームで調理の仕事をしている。
私と一緒に入社した人が
「百均のものばかりやな
ピーラーとか切れへんよな」
って言っていた。
そういえば私の家にはピーラーという物がなく使ったことがない。          
母も包丁で野菜や果物の皮を剥いている。

友人にピーラーをしらなかったという話をしたらびっくりされた。
「あれ凄い便利やのに
私の所なんて一人一個持ってるよ」
「百均のとかでも切れるの」
って聞くと
「当たり前やん」
と笑われた。
次の日、職場で試しに使ってみたら皮がスラスラと剥けて感動した。
初めてピーラーを使ったって言ったら珍しがられた。さっそく仕事
帰りに百均で購入してみた。

なぜ今までこんなに便利な物を使わなかったのだろう。きっとまだ
知らない未知なる物がいっぱいあるのだと思う。

そしてまた調理場で知らない物を発見。マッシャーと言ってじゃがいも
等を潰すそうだ。家ではすり鉢とすりこぎを使っていた。私はまた百均
に行ってマッシャーを買うかもしれない。

第3943号 糸絵の具の楽しみ(2024.9.8)

糸絵の具の楽しみ
池田 朋美


 六年前の秋の日、庭に出ていた私は、布団を取り込む隣りのおば様からベランダ
越しに声をかけていただき、久らくの間あれこれとお喋りを楽しんだ。子ども達も成人し、子育てを終えた時期だった。おば様が仰った。「お仲間と楽しむ趣味以外に、自分一人で楽しむことができる趣味を持つといいよ。」と。見事に背中を押していただいた気がした。
以前から刺しゅうをゆっくり時間をかけて楽しんでみたいと思いながら幾年も経っていた。
 今、毎日のように就寝前の二時間程を刺しゅう時間にあて、三~四ヵ月も一つのペースで作品を仕上げている。今年で六年目。いろいろなステッチの仕方がある中で、図案を見ながら糸をクロスして絵を描いていくクロスステッチが特に好き。私は刺しゅう糸を、糸絵の具と呼んでいる。糸絵の具で仕上げた絵を、額装してもらい、よそ行き姿にお洒落した作品を部屋に飾ることがとても嬉しいこと。刺しゅうの良いところは、それ程場所をとらず、家族と語らいながら作業できること。時にはラジオを聴きながら。現在夫婦二人暮らしになって四年目。夜、刺しゅうをしながら、夫と静かに穏やかに話しながら針を持つ時間がかけがえのないものに思える。また手仕事はまとまりのない心の中を、いつのまにか整理整頓してくれる。心がととのい、ぐっすりと安眠できる。
 絶妙なタイミングで、すとんと腑に落ちる言葉をかけて下さったお隣のおば様に感謝する日々。これからも眼を労わりながら、一日でも長く好きな刺しゅうを楽しもう。

第3942号 結婚式(2024.9.1)

結婚式
HIROKO(ペンネーム)

「結婚式は親のためにするものよ」
無事に入籍を終え、やや後ろ向きな気持ちで結婚式場の見学に行った際、
ウェディングプランナーさんに言われたことだ。「そんなのブライダル
業界のセールストークだろう」とひねくれ者の私は思った。
ただでさえ、人から注目を浴びることが嫌いな私は自分のおめでたい
パーティーを開くなど最も避けたいことだった。だが、夫のどうしても
やりたいという意向もありしぶしぶ合意。実施が決定した。
これは私の不思議なところだが、どんなに後ろ向きなことでも、いざや
るとなると「どうせやるなら」と力が入る。
ネットにはおすすめの引出物やら、料理にはこだわるべし等様々な
how toが載っていた。こうして情報の波にのまれながら私は結婚式を
終えた。
結婚式からしばらくたったある日、母から1件のLINEが来た。「素敵な
お友達に恵まれたようで安心しました」と。
よく考えると、私が幼い頃の私の友人関係など、母がすべて把握できる
限られた世界だった。しかし、20代後半となった今、むしろ母が知らな
い人ばかりである。だからこそこうして娘が多くの人たちに祝われて
いることに安心したのだろう。
そんな母の喜ぶ姿を想像して、「結婚式は親のためにするものよ」この
言葉の意味を理解する日となった。

第3941号 日本製の向こう側(2024.8.25)

日本製の向こう側
酒井孝明

普段より少し良いTシャツを買った。そのTシャツは高いだけあって生地がサラサラしていて気持ちが良く、汗も吸ってすぐ乾く。いつもなら、着た後は洗濯機に丸めて入れるだけなのだが、このTシャツの時は違う。ちゃんと洗濯ネットに入れて洗濯をする。洗濯が終わり、干す時には太陽で色が焼けないように、ひっくり返してハンガーにかける。そのひっくり返した時にふと気になった。白いペラペラしている洗濯表示が脇についている。見てみたがよくわからないマークが並んでいて、その下に『日本製』と書いてあった。食べ物で気にしたことはあるが、服がどこで作られているかを考えたことはなかった。日本製と言われるといい作りなのだろうかとありがたい気持ちになる。晴れた空に洗濯物を干しながら思う。日本製ということは、言い変えれば、日本で作っている人がいるということ、そこには会社があり雇用がある。
ふと、日本製という言葉の向こう側にある深い意味を感じた。

第3940号 今どきの3歳児(2024.8.18)

今どきの3歳児
青木いな美

離れて住む2人の孫は3歳と5歳です。
お正月、ゴールデンウイーク、お盆の年3回我が家に遊びに来てくれます。
来るたびに目を見張る成長が見られ、驚かされることがしばしばです。
特に言葉を覚えておしゃべりが盛んになってきた3歳の男の子は面白いです。
先日も、お礼のありがとうを言わせると、「ありがとう」といった後、
「おばあちゃん、どういたしましては?」と催促されてしまいました。
生まれた時からスマートホン、パソコン、人工知能の数々に囲まれていて、
新しいものに全く動じることがありません。
ある時、「おばあちゃん、リンゴは英語でなんて言うの?」と聞かれ、得意げに
「リンゴはアップルだよ」と答えました。
すると今度は、「スイカは英語でなんて言うの?」と聞かれました。
スッと出てこず「えーと」と考えながら返事に困っていると、「おばあちゃん、
大丈夫。ヘイシリに聞くから!」と言われてしまいました。
そして、私のスマホをもって「ヘイシリ!スイカは英語でなんて言うの?」と
尋ねていました。
今どきの3歳児のこの行動に、感心するやらあっけにとられるやらで、思わず笑ってしまいました。

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