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今週の風の詩

第3915号 冬の片手袋(2024.02.25)

冬の片手袋
石井公二

寒い日の朝。家のすぐ横に立っている電柱に、透明のビニール袋が吊り下げられていた。中にはオシャレな手袋が片方だけ入っている。その電柱はゴミ集積所になっており、その日はちょうど回収日。それで分かった。恐らく電柱の下に片手袋が落ちていて、それを拾った人がゴミと一緒に捨てられないよう、わざわざ袋を用意してぶら下げたのだろう。

冬になると、こういった事情で生まれた片手袋をあちこちで見かける。ガードレールの支柱に挿されたもの、金網に差し込まれたもの、植込みの上に置かれたもの。「東京は人間関係が希薄で、人と人との繋がりに乏しい」、と語る人は多い。しかし、そんな大都会では今日もまた、沢山の人達が見ず知らずの人が落とした片手袋を拾い上げ、目立つ場所に置いてあげている。

地球を救うほど大袈裟なものではないけれど、我々が確実に持ち合わせているささやかでさりげない優しさ。日々すれ違う自分とは何の関係もない人々とも、「片手袋を落とし、拾われ」といった思いがけないことで人生が交差している可能性。冬場の片手袋達は、様々な希望を可視化させる。

電柱に吊り下げられた片手袋を見かけた日の夜、激しい雨が降った。翌日の朝、同じ場所を通ってみると、ビニール袋がジッパー付きの袋に変わっていた。片手袋が雨に濡れないよう、さらなる気遣いが施されていたのである。

東京は本当に冷たい町だろうか?

第3914号 姉妹(2024.2.18)

姉妹
M.こあづ(ペンネーム)


11才も…年が離れている妹がいる。
彼女が中学生の時、私は遠方へ嫁いだので、お互いの青春時代の記憶はない。
孫がいる年代になった二人の今は、温泉旅行、神社仏閣参拝とよく出かける
ようになった。
 先日、ひょんなことから“天灯ランタン”にいろんな想いを込めて大空に飛ば
したいナ…と提案した私。
すると、たちまち「場所他全て予約完了しました!!」との知らせ。
思いつき派の私。行動派の妹。
遊びだけではない。ライン電話では、過去未来の人生観を真面目に語ったり
ふざけて笑い合ったりもしている。
又、写メを見ては、10年ひと昔…とはよく言ったものネェ~と苦笑いの二人。
現在のテーマは、美容と健康。
さて、次は…と思っていると、早くもラインがきた。
「次回は何処へ?」と!!
来月は妹の誕生日。
今度の計画は私の役目だ。
♨+お酒の美味しい処に決めよう!
カンパイしている二人の笑顔が浮かんだ。

第3913号 チョコの日(2024.2.11)

チョコの日
渡会克男(ペンネーム)

中学一年生の孫娘が浮かない顔で帰宅した。

「どうした?」と尋ねると、大きなため息をついてソファーにへたりこんだ。

「あのさあ、ジイジが子供の頃、バレンタインデーってあった?」

「あったよ」と、私は一人の少女を思い出す。

中学三年の時、その子からチョコをもらった。その子は私とよほど関りを持ちたいらしく、〝不幸の手紙〟(例の『この手紙と同じ文章で、友達5人に出さないと不幸になります』というアレだ)をくれたこともあった。

「こう見えて、案外モテたんだぞ」

すると、「そんなことはどうでもいいの」と孫は口を尖らせ、こう聞いてきた。

「それで、どうお礼を言ったの?」

「何にも言わなかった。そういうことにはシャイだったんだ」

「ふーん。――あのね、その子ったら、私が心を込めて作ったチョコをその場で食べて『味はすごくいいけど、形が岩石だな』と笑ったの」

「好きです」と口に出せない言葉をチョコに託す、チョコを渡すために挙動不審な通学路……孫の話を聞いていると今もなおそんなバレンタインデーが生きているらしかった。

「そんな楽しい体験ができるのも今のうちだけだよ。ジイジなんか――」

私は妻から「チョコが欲しかったら、好きなのを自分で買って」とお金を渡されたのだった。

第3912号 小さなもの(2024.2.4)

小さなもの
こもれび(ペンネーム)

この大きな世界は
小さなもので溢れてる。
いつも、この世界は
小さなものが支えてる。

店の入り口で 「お先にどうぞ」と
言われただけで、嬉しくなった。

それは 風に舞うくらい
小さなこと。
忘れ去られるほど
小さすぎる。

だけど、大きな世界で
小さなものがなくなれば
きっとこの世界の
灯りが消えてしまう。


迷子のハンカチ拾ってあげたら
「ありがとう」って、微笑まれた。

それは 人に話したら
笑われそうなこと。
しばらくたったら
忘れそうなこと。

いつも、大きな世界を
小さな灯りがともしてる。

今日も、大きな世界は
小さな愛で溢れてる。
いつも、この世界は
小さな愛がつくってる。

第3911号 マラソン大会(2024.1.27)

マラソン大会
辰野 泰之

先月マラソン大会に初めて参加した。この日のために休日や仕事終わりにこつこつランニングして体力をつけてきた。私は走るのが好きだ。日頃ストレスを感じた時、嫌なことがあった時に走ると心と身体がリセットするように感じる。走っているときは左右交互に踏み出す自分の足に集中し、全身で風を切る心地良さに身を任せる。そうしていると日常の中で心についてしまったささくれがいくらか取れていくように感じるのだ。

大会当日は良く晴れて、それでいて涼しく、走るには申し分ない天気だった。私は初めてのことに緊張しながらも、それが楽しみでもあり少し心躍っていた。大勢のランナーがスタートラインに集まっている。他のランナー達はどんな気持ちでここに立っているのだろうか。そんなことを考えながら私もゆっくりと足を踏み出した。

結果を先に言うと記録は散々だった。余裕があったのはレース中盤までで、折り返しに差し掛かるころには私の足は悲鳴を上げていた。自分が思い描いているペースと現実との差を前にして、走れば走るほど私は追い詰められていく気持ちになった。気力と体力は静かに、しかし確実に削がれていくのを感じていた。マラソンは自分との闘いである。そうでありながらも、後方を走るランナーから幾度となく前を抜かれるのを目の当たりにすると、自分だけではない、他の多くのレース参加者と争っているということを意識せざるを得ないのだ。

走り切った爽快感と疲労が積もった身体で私は大会を後にした。初めてのマラソン大会は苦くも爽やかな味がした。

第3910号 ごちそうさまと、いただきます(2024.1.21)

ごちそうさまと、いただきます
小林智子

夫婦二人の、定番の朝食。

ご飯、味噌汁、納豆、佃煮類、自家製ヨーグルト等。

午前8時半に、ランチョンマットにきちんと並ぶと、私は「いただきます」

夫は、ここから儀式が始まる。

まず味噌汁に豆乳、亜麻仁油、キムチ、オリーブオイルで炒めた刻みニンニクを入れる。

(どんな味になるのでしょうか?)

お茶は、健康緑茶と胡麻麦茶を揃えて並べる。

次に玄米ご飯の上に納豆をたっぷりのせる。

これらがきちんと定位置にあるか確認した後、血圧計を取り出して測定開始。

冬は高めのため二回測り、夏は低いと言っては二回測る。

やや不満そうな表情を隠し、ちらっと私の方を見ながら、電源を切る。

一連の儀式が終わって、血圧計を閉まって、初めて朝食を開始。

大きな声で「いただきます」

その時私は「ごちそうさま」

第3909号 産後5ヵ月(2024.1.14)

産後5ヵ月
さと子(ペンネーム)

♪げんこつ山のたぬきさん、おっぱい飲んでねんねして。抱っこしておんぶしてまた明日。
現在産後5ヶ月目でまさに「げんこつやまのたぬきさん」の歌のような生活を送っている。
授乳させて、げっぷさせて、遊んで、寝ぐずりし始めたら抱っこして歩き回るなどして寝かしつけて。
切れ目なく同じことの繰り返しで慢性的な肩こり腰痛筋肉痛。産後の不調で冷え性貧血虚弱気味。加えて、つわりで内定辞退してしまったため社会復帰の帰るところがなく、産後のホルモンバランスの乱高下もあって心細く涙もろくなることも。そんな中でも癒やされるのが娘の笑顔、夫の手料理。そして街の人の言葉かけや表情に励まされている。

まずは娘の可愛さについて。娘は誰がなんと言おうと破茶滅茶に可愛い。目に入れても痛くないし、存在そのものの尊さが光を放っている。疲れってほんとに吹っ飛ぶんですね。笑顔を向けられると私の脳内が快楽物質で満たされるのがわかる。抱っこ紐で外向きに抱っこしてその上にコートを着て、カンガルーのような、二人羽織のような出で立ちで出かけていると道行く人がにこにこ笑顔を見せてくれる。声をかけてくれることもある。「可愛いねぇ。」「ありがとうございます。」

そして夫の手料理。レシピに忠実に丁寧に作ってくれる。土付きの泥ごぼうをささがきにして作ってくれる牛ごぼう。具沢山の豚汁。ミートソースやホワイトソースも一から手作りのラザニア。食べたらあまりの美味しさに涙が出た生姜焼き。消化にいい優しい味わいが嬉しいしみしみの鶏大根。地域の子育てイベントで自己紹介を記入することがあり、好きな食べものの欄に迷いなく「夫の手料理」と書いた。

まだ始まったばかりの育児だが、ときに心折れそうになることもある。抱っこした状態の長い階段や気付くと両手いっぱいの重い荷物。自然と猫背になりやすく、かがんだ体勢で下を向きがちに。でも、そんな時こそ娘のきらめく笑顔と夫の美味しい手料理の美味しさを心に描くようにしている。辛いと感じる回数の分、心に焼き付いた笑顔と美味しさを呼び起こす。そして、ふと顔をあげると、出産前には見たことなかったような、目尻が下がった街の人のにこにこ顔。


第3908号 白鳥の湖(2024.1.7)

白鳥の湖
匿名

 冬にとある地方を訪れた際、車の中から初めて見る大きな鳥3羽が上空を飛ぶ姿が見えた。聞くと、白鳥だと言う。白鳥が越冬の為“渡り鳥”をしているのはニュース等で知っていたが、生まれて初めて見る“飛んでいる白鳥”の姿は大きくてなかなか迫力があり、圧巻だった。東京から来た私ら2人がその姿にいたく感動していると、白鳥が飛来している湖に連れて行ってもらえることになった。
 到着してみると、100羽か?いや200羽か?もっといただろうか?沢山の白鳥を初めていっぺんに見た。よく見ると、湖の奥の方には氷が張っていて、その上を美しく2本の足で立っている白鳥の姿も見える。鳴き声は甲高く中々けたたましい。お世辞にも美しい鳥の鳴き声とはいえない。
 近くに売っていたのか、パンの耳1袋をいただき、白鳥を目がけて与えようとする。すると、すぐさま鴨に横取りされる白鳥は案外どん臭いことを知る。何度投げてみても同じ(笑)。
また、何が気に入らないのか、白鳥の中には別の白鳥を突くものがいる(と言っても大した攻撃ではなく、何となく怒っている様子で突くだけ。)理由はよくわからない。
 私はここでふと自分の一番好きなクラシック音楽はチャイコフスキーの「白鳥の湖」であることを思い出した。その出だしの美しい音色が特にお気に入りだ。その音色は誰もいない冬の澄み切った空気の中で朝露に佇む美しい姫と王子の恋物語が繰り広げられていたはずだ。ところが、私の目の前では、食パンの耳を鴨に横取りされたり、仲間の白鳥を無暗に突く姿がある。そのギャップに一人ニヤリと笑ってしまったのであった。

第3907号 思い出の男の子(2023.12.31)

思い出の男の子

                                                                                                    林千織

 大学生の冬休み、ちょうど年賀状の配達が終わる時期でしょうか。私はぼんやりした体を起こすために、近所の公園まで走ってみることにしました。ぽかぽかと良いお天気で、のんびりと猫が日向ぼっこをしている横を走って公園に到着しました。
 しめた!運よくブランコが空いています。ブランコで揺れる風は、寒さで痛くなった私の耳を一層ピリピリさせました。隣の小さな女の子と一緒にブランコをこいでいると、女の子より少し大きな男の子が走って来て、ペコリと頭を下げました。
「こんにちわは。」
 寒さと走ったせいで桃色になった頬が可愛い男の子でした。女の子はすぐに家に帰りましたが、お兄ちゃんの方はしばらく私と遊びました。男の子は木の枝で地面に自分の名前を書きました。
「ぼく、サッカー選手と同じ名前なんだ。」
私も自分の名前を書きました。
「読める?ちおり、って言うの。」
当時、私は頭に靄がかかったようでした。でも、この男の子は違いました。体に光をいっぱいに取り込んで、のびのびと生きていました。
 男の子はたいへん木登りが上手いのでした。するすると木に登って、少し日の暮れた空を気持ちよさそうに眺めて言いました。
「S字坂が見えるよ。お姉さんのお家はあの辺かな?」
 そしてこんなことを私に聞きました。
 「ねぇ、神様って、わからないことがあると思う?」
 今の私だったら、きっと全然違うことを言ったに違いありません。でも、その時の私はいいかげんに答えました。
 「色々わからないこともあるんじゃない?」
 男の子は静かに否定しました。
 「そんなことないよ。きっと、2,3個くらいだよ。」
 男の子とは、その後何度か公園で会って遊びました。でも、私が引っ越すことになって、それからはすっかり会えなくなってしまいました。
 一体、どんな大人になったのかしら。でも私は、こんな風に思っています。いつかまたどこかで、会えるんじゃないかなって。

第3906号 お雑煮(2023.12.24)

お雑煮
にのまる(ペンネーム)

丸いお餅にきんぴらが載ったようなお雑煮。なんだ、こりゃ?

東京の大学で夫と出会い結婚し、帰省先の岡山で初めて迎えたお正月。
義母のお雑煮作りの段取りにいちいち驚きながら、初めて見る金時人参や牛蒡を千切りにして湯がく。ほうれん草も湯がく。丸餅を沸騰した湯で煮込み、お椀に入れて、昆布と鰹でだしをとったつゆをかけ、湯がいた野菜と一緒にかしわ (鶏) や蒲鉾を載せていただく。
 さらに驚いたのは、義父のお椀に載せられた鰤の照り焼きだ。大きくなるにつれ次々と名前が変わる出世魚らしいが、見るからに生臭そうで私は遠慮した。

 東京生まれで東京育ちの私は、多少の違いはあれ、どこの家もお正月のお雑煮は四角いお餅にみつばの載ったすまし汁と思い込んでいた。
 新婚当時は煮物のようなお雑煮に馴染めず、焼き餅入りのすっきりとしたお雑煮を懐かしがっていたが、今は当たり前のように、岡山風のお雑煮を毎年作っている。
 丸餅はのど越しがよく、根菜たっぷりのお雑煮は腹持ちもいいから正月太りもない、と勝手なものである。

 介護施設で元旦を迎えた90代の義母は、今年は雑煮が出んかった、と不満気だった。喉に詰まらせたらいけんからね、と夫に慰められていたが、お雑煮が食べられないお正月は、寂しいだろう。

 60代の私もそれなりに歳は感じているが、丈夫な歯だけは全部揃っている。
 食わず嫌いをしない好奇心と、食べたいものが食べられる幸せは、最期まで大切にとっておきたい。

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