【オンライン通販限定】送り先1か所あたり
4,000円(税込)以上で送料無料

今週の風の詩

第4008号 庭の片隅で(2025.12.7)

庭の片隅で
泉 涼

朝、窓を開けるとひんやりした空気が頬を撫でた。小さな庭は秋の終わりを感じさせる静けさに包まれている。葉を落とし切った柿の木が、枯れた枝先を空に向けている様子は、どこか潔い。

ふと目を凝らすと、足元の土に緑色の小さな芽が顔を出しているのに気づいた。植えた覚えのない芽だ。風に乗ってきたのだろうか、それとも鳥の贈り物か。いずれにせよ、ここを新しい住処と決めたらしい。

人が寒いと肩をすくめる頃、植物は黙々と準備をする。春を迎えるための仕事を、こんな寒い朝にも続けていることが少し不思議で、そして心強い。

庭の片隅に芽吹いたその一つに、私はそっと目をやった。名前も知らない小さな命が、季節を超えて伸びる姿を想像する。それだけで、今日という日が少しだけ柔らかく見える気がした。

第4007号 シチューを煮込む(2025.11.30)

シチューを煮込む
上野あづさ

季節の進みは遅くても
ようやく風は冷たい
外から帰ると
髪もコートも風の匂いがする
なにかあたたかいものが食べたくなって
シチューを作る
友人の育てた野菜を使って
じゃがいも、玉ねぎ、白菜も入れる
今日は読みたい本がある
台所に立ったまま
シチューを煮込むあいだ本を読む
好きな歌についての文章
子供のころのよい思い出が書かれている
傾きかけた夕日が台所に差し込み
束の間満ち足りた時間
くつくつと鍋の音がする
ラジオからは、この夕方らしい音楽
ゆっくりとした歌声
呼吸も心なしか落ち着いて
いい匂いが、部屋中をめぐる
食事を作る時間は
なんて尊いものだろう
毎日の事が
なんて愛しい

第4006号 ささやかな恩返しを(2025.11.23)

ささやかな恩返しを
ちなみ(ペンネーム)

インフルエンザの予防接種を終え、クリニックを出たところで上品な老婦人にお会いした。エントランス近くの段差を上がるのに苦労されているようだった。老婦人は、私が以前住んでいたマンションでお隣に住んでおられた方だ。4年ほどお顔を見ないうちに杖をついて歩くようになられたらしい。

「こんにちは! お久しぶりです」。私は声をかけて、老婦人が段差を上がるお手伝いをした。左手を握り、背中を支える。

「あらまあ、久しぶりねえ。双子ちゃん、元気?」

老婦人は、私とその家族を憶えていらした。お隣に住んでいた当時、私は双子の赤ん坊を育てていた。よく泣く子たちだったから、近所迷惑になることもあったかもしれない。それを気に病んで、私自身も育児のなかで消耗していった。そんなときに優しく声をかけてくれていたのが老婦人だった。

お会いすれば「まあ、かわいい赤ちゃんたち。元気に育ってね。ママさんも頑張ってね」と語りかけてくださった。ご自身の育児経験をお話ししてくれ、疲れきった私を励ましてくださることもあった。

「うちの双子ももう小学生になりました。元気いっぱいですよ!」

感謝をこめて伝えると、老婦人はにっこり笑って「元気なのがいちばんね。ありがとうね」とおっしゃってクリニックへ入っていかれた。私も手を振って見送った。

孤独を感じながら双子育児に奮闘していたあの頃、老婦人の言葉は私の心を救ってくれた。日中は赤ん坊と母親だけの空間で息がつまる暮らしをしていた私にとって、老婦人との関わりは癒しでもあった。だから、段差を上がるのくらい、いくらでもお手伝いするし、老婦人にはいつまでもお元気でいてほしい。そして私も、頑張るママさんを見かけたら押しつけがましくない優しさを渡せる人になりたい。

第4005号 よってぃん(2025.11.16)

よってぃん
金森亮子(ペンネーム)

中学生男子の朝の声は聞き取りづらい。


小さい頃から早起きで、朝から饒舌で元気いっぱいモリモリ朝食を食べていた息子はいずこ。


起きない、起きても無言、寡黙、話しかけても無視、不機嫌、寝ても寝ても眠いようだ。何があっても朝ごはんはしっかり食べていたのに、「朝からこんなに食えると思う?」と聞きたい情報はよく聞こえないのに嫌味な声だけはしっかり聞き取れる不思議。


どうしちゃったのかな。何なら朝食べてくれるかな。タンパク質もエネルギーもとれて、食べやすくて、美味しいものを考え抜いた末に生まれたヨーグルト的な何か。水切りしたヨーグルトにゼラチンと生クリームを混ぜただけなのだが、どうやら気に入ったご様子。


「うまい、いくらでも食べられる」低い声が少し高くなる。

「これ、なんていう食べ物?」

「いやぁ適当に作ったからなぁ。ヨーグルトプリン?名前つけてよ」

きっと返答はないと思いながら聞いてみたら



よってぃん?」



あなた今、よってぃんと言った?ひらがな?カタカナ?前のめりに聞き出したい気持ちをグッと堪えて、反抗期の中学生男子が低い声で一言小さくボソリと呟いた「よってぃん?」を愛おしむ。その声は朝日に包まれてキラキラと食卓の上で優しく浮遊していた。


白くプルプルした佇まいは正にヨッティン然としており、息子のネーミングセンスに唸った。あぁなんだか久しぶりな息子との幸せな会話だ。


「いいね、今日からこの子をヨッティンと呼ぼう。また作るね」


それからかどうかはわからないけれど朝スムーズに起きるようになり口調が穏やかになりつつあり、日夜筋トレに勤しんでいる。


店先で旬のフルーツを見かけると付け合わせに合いそうだと浮かぶ白いプルプルと「よってぃん?」の声。


ヨッティンなのかよってぃんなのか聞いてみたら笑顔で聞き慣れ始めた低い声で「まろやかさを表現している」と教えてくれた。


よってぃん、また作るね。

第4004号 義母の愛(2025.11.9)

義母の愛
5人のパパ(ペンネーム)

妻の実家にいったときのこと。
普段マンション暮らしなため、4才になる息子は一戸建てが珍しかったのか、2階にあがったり、1階に降りたりを大はしゃぎ。探検家になったかのように、目をキラキラさせていた。

次第に興奮しだした息子は、階段へ向かう入り口をみて「蜘蛛の巣をはらなきゃ!」と言い出して、セロハンテープをビィーと引っ張りだし、通せんぼするかのように右と左の壁にテープを貼り付けた。
ビィー!ペタッ。ビィー!ペタッ。
それを何十回も繰り返し、階段への入り口は、息子がつくったセロハンテープの蜘蛛の巣でいっぱい。

「蜘蛛の巣だ!かっこいい!!」
息子は大喜び。

「こらこら、私たちのおうちじゃないんだから早く片付けなさい」
私がそう注意すると、義母が息子にむかって
「蜘蛛の巣は、そう簡単には壊れないよねぇ。このままにしておきましょう」とにっこりと笑った。

「お義母さん、すいません」
と平謝りの私に義母は、
「子供が一生懸命つくったものを簡単に壊してはだめですよ」
といいながら、「子供の世界を尊重してあげてね」と言ってくれた。

私はいつもすぐ片づけてしまう。
義母を見て、心の余裕を感じながら、妻がいつも子供たちに接している態度が重なった。

つくづく妻と結婚してよかった。
そして、つくづくこの家庭に出会えてよかったと思う。

1週間後、遊びにいったらなんとセロハンテープでつくった蜘蛛の巣は残っていた。
「お義母さん、どうやって階段あがったんですか?」とたずねると、
「そっとはがして、また貴方たちが来るころに戻しておいたのよ」と義母は笑った。
息子の「蜘蛛の巣、残ってたー!」の声に、自分の心が温かくなるのを感じた。
片づけるより先に、子供の笑顔に注目しよう。

そう思わせてくれた義母の優しさに心から感謝だ。


第4003号 想い出小箱From N.Y.(2025.11.2)

想い出小箱From N.Y.
ヘレン(ペンネーム)

ある日思い立って鏡台の整理をした。本や写真と比べて、アクセサリーの断捨離は順調に進む。
今の自分のライフスタイルに合わないネックレスや、サイズが合わなくなった指輪を、処分と書いた紙袋に詰めていく。
白い小箱にふと手が止まった。薄いブルーの文字でThe Metropolitan Museum of Artのロゴ。
中には世界三大美術館のひとつである「メト」の所蔵品のレプリカである、エスニックな意匠のブレスレットが入っていた。

 これは30年以上前にNYに出張した父のお土産である。JFK国際空港に到着した直後、父は財布の盗難にあった。
EメールもSNSも無かった時代のこと、国際電話で「クレジットカードやトラベラーズチェックの盗難届を出してくれ」
との一報がはいり、留守宅はハチの巣をつついたような騒ぎとなった。私は何件ものカード会社に電話をかけ手続きをした。

 幸い、父は一人ではなかったため同行の方から米ドルの現金を借りて7日間凌いだが、
一行の団長という立場にありながら米国到着早々の失態に、いつも陽気な父の声は沈んでいた。
手元不如意で過ごしたのだから、お土産など、はなから期待していなかったが、それでも貴重な外貨で
私のためにミュージアムショップでアクセサリーを購入してくれたと知った時は嬉しかった。
母は「一文無しなのに、娘にお土産なんて買わなくてもいいでしょう」とあきれていた。
無事帰国でき安堵したのか、父には笑顔が戻っていた。「カード会社への連絡、大変だったのよ。」
「一時はどうなることかと、ハラハラしたよ。」家族の団欒が一瞬のうちによみがえった。

 あの時、一緒に笑い合った両親は二人とも数年前に旅立った。懐かしいひとときを想い出させてくれたブレスレットは、
もう少し手元に置いておくことにしよう。白い小箱は元あった鏡台の引き出しに再び収まった。

第4002号 散歩の会(2025.10.26)

散歩の会
ウォークマン(ペンネーム)

300戸以上もあるマンションの住人有志で、毎週水曜日の午前中に散歩をしている。
男女半々、60歳~90歳のまさに老人いや高齢者が10人から15人ほど集まって近所を
ゾロゾロ歩くのである。こんな日時だから若い人はいない。半分くらいは連合いに
先立たれている。全くの自由参加だから事前申し込みもないし、出欠もとらない。
「Wさんが来てないね」「一昨日スーパーで会ったら、膝が痛むって言ってたわよ」
「あっ、Kさんだ。久し振りですね」「へへ、女房が歩いて来いってうるさいんで、
たまにはね」
こんないい加減なグループにも不思議なことに中心になる人は出てくるもので、
我らの散歩の会ではMさんがまとめ役になってくれている。
ありがたいことである。
「どこへ行くの」とノンビリ屋のUさんが笑顔できく。「天気がいいから富士山が見
える所がいいな」と最長老のNさん。「それじゃあ、あの公園はどうかな」と毎日歩
き回っているTさんがすぐ提案した。「みなさん、それでいいですか」とMさんが言っ
てスタートだ。「膝が痛むならA整形外科がいいわよ。あそこのS先生はすごくよく
みてくれるの。イケメンだし。フフフ」
「そうなの。Wさんに教えてあげよう」
立ち止まってピンクの花を見ているEさん。「きれいな花ね、なんていう名前かしら」
「さあね。名前は人間が勝手に付けたものだから、分からなくてもきれいに咲くね」
とはいつもちょっと皮肉っぽいHさん。前になり後になり気楽に会話をしながら1時間
から1時間半ほど歩いて戻ってくると、「今日は9千歩いったよ」と何事も数字で
確かめずにはいられないYさん。みなさん満足げにうなずいて、「じゃあ、また来週」
 いつまでも散歩ができますように。

第4001号 天国からのLINE(2025.10.19)

天国からのLINE
瑞希(ペンネーム)

大学卒業後、都内のIT系企業に就職して7年目。

私は昇格に必要な資格の勉強に励んでいた。


同じ頃、祖父ががんと闘っていた。

ただ状況があまり良くならず、ついに余命を宣告されたと聞いた。

年に2回ほど私は祖父母に会いに関西へ帰省していたが、普段はLINEで祖父とやりとりをしていた。

余命宣告の話を聞き、私は祖父にLINEを送った。

「じいじが頑張っているから、私も資格の取得のために頑張って勉強してます。一緒に頑張ろうね!」


その後、祖父は亡くなった。幼い頃からずっと可愛がってくれて、見守ってくれていた祖父がいなくなり、寂しかった。

そして、亡くなる前に資格の取得ができなかったことがとても悔しかった。


四十九日が終わった頃、私はやっと資格の試験に合格した。

私はすぐに祖父へ報告のLINEを送った。

もちろん永遠に既読がつくことはないとわかっていたが、とにかく祖父へ感謝の気持ちを伝えたかった。

「今日、じいじが応援してくれていた試験に合格しました!見守ってくれて、応援してくれてほんまにありがとう!」と合格を伝えた。


5日後、祖父からLINEの返事が届いた。

「みーちゃん、有難う 此れからも天国から見守って、いっぱい応援しているよ」というメッセージだった。


届くはずのない天国からのLINEに一瞬動揺したが、すぐにわかった。

祖母が祖父の携帯を管理しており、私からのLINEに気づいた祖母が気を利かせて、祖父からのメッセージかのように私へ返信してくれたのだった。


もちろん祖父からの返信ではなかったけど、祖母の気遣いが嬉しかった。そして、きっと祖父も同じような返信をくれていただろうなと思った。


私は来年度からの昇格が無事決まった。

じいじ、私はこれからも頑張ります。天国から見守っていてください。



第3999号 負けた!(2025.10.5)

負けた!
坂本ユミ子

二十年前、夫と二人で箕面へ紅葉狩りに行った時のことです。箕面は紅葉の名所で、ちょうど見頃を迎えていました。天気もよく、お弁当を持って出掛けました。阪急箕面駅から大滝まで約三キロの山道は多くの人で賑やかでした。箕面と言えば猿で有名ですが、一匹も姿を見せません。
「今日は猿が出て来ないね」
「人が多いからだろ」
私たちはそこが「猿天国」であることをすっかり忘れて、油断していました。
散策してから、川べりの木製ベンチに座ってお弁当を食べ始めた時でした。何か気配を感じて振り返ると、一匹の猿がいつの間にか忍び寄ってきて、ベンチに置いた蜜柑の入った袋を取ろうとしていました。驚いて大きな声を上げると、猿も驚いて掴んだ袋を落としました。
落ちた袋を挟んで、夫と猿の睨み合いになりました。周りに人が集まってきました。猿は全身で威嚇し、夫はバックパックを武器に攻撃態勢に入りました。猿が夫に飛び掛って来たら、私も参戦しなくてはと、ハラハラしながら成り行きを見守っていましたが―。
ふっと夫が気を緩めた瞬間、猿は地面に転がっていた蜜柑を一個だけ取って、逃げました。そして、すぐ近くで私たちに見せつけるように、蜜柑の皮をむいて食べ始めました。夫が一言、「負けた!」。
「蜜柑を一個取られただけだから、あなたの勝ちでは?」
 夫は首を振りました。
「猿はボクが攻撃しないと見抜いていた。ボクも猿が威嚇しているだけだとわかっていた。気を抜いた方が負けだ」
 猿は自分の何倍もある大きい夫が怖かった。でも蜜柑がほしくてがんばったのでしょう。

夫と結婚する前、大滝の前で若いカップルが茶店で買ったばかりのお団子を猿に取られたのを見たことを思い出しました。
「ベンチに置いたりするからだ」
「そうよね。すぐに食べな、アカン」
夫と笑っていたのに、まさか自分たちが「猿のひったくりショー」の主役になるなんて―人のことは笑えません。

カレンダー
  • 今日
  • 定休日
  • 受付のみ・発送無し

土日祝日は発送がお休みです。水曜日も発送が休業の場合がございます。

ページトップへ