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今週の風の詩(2023年~)

第4051号 秋の朝(2026.10.4)

秋の朝
大橋一将

 歩けるようになったけれど、まだ、言葉を話せない娘。歩くことの喜びを覚えたようで朝のゴミ出しにもついてくる。ゴミの集積所は、マンションのエントランスを出た先にある。エントランスの扉を開けると、びゅーと秋風が吹きつけた。
 転ばないように、ゆっくりと歩いていると、風で飛ばされた枯葉が、カサカサと僕らを追い抜いて行く。
 娘は「あーあー」と、かけっこしている枯葉を指差して追いかけて行く。僕は慌てて、ゴミを集積所に置いて、娘の手を握った。
 空は気持ちのよい秋晴れ。僕もそのまま枯葉を追いかけてみたい気持ちになった。
 少し歩くと、娘の興味は、枯葉から次に移り、再び、娘の「あーあー」が始まる。小さな指がさし示す先を見ると、Aさん宅の生垣であった。そこには白くて丸い花が咲いていた。花の名前はわからないが、かわいい花だった。娘を抱っこして、その花をよく見せてあげた。
 すると、白い花からミツバチが出てきて、僕はのけ反るように驚いた。娘の方は大喜びをして、足をばたつかせいた。
 生垣を見渡すと、至る所にミツバチたちが、花粉まみれになって飛んでいた。彼らは、懸命に蜜を求めて、温かそうな花の中に潜っていく。白い花を出入りするミツバチを見ていると、まるで、この生垣が、ミツバチのマンションのように見えてくる。
 腕の中にいる娘は、体をくねくねさせて、きゃっきゃっと喜んでいた。どうやらミツバチが花に潜る様子を真似しているようである。
 毎朝、この生垣を目にしているはずなのに、花が咲いていることも、ミツバチたちが、ここを頼りにしていることも知らなかった。
 僕が娘を家の外へと連れ出しているつもりが、反対に、娘に知らない世界へ連れ出されているような秋の朝であった。

第4050号 ペンフレンド(2026.9.27)

ペンフレンド
川の隣の猫(ペンネーム)

東京の女子大に入学してすぐの頃、教室の掲示板に「国連で働く」という貼り紙がしてありました。そこには、英語の他にもう一つ言葉ができないとだめだと書いてありました。短気な私は、それならフランス語を現地で勉強しようと思い立ち、塾と家庭教師のアルバイトで1ヶ月分の滞在費と語学学校の資金を貯め、初めての海外パリへ出発しました。
 語学学校ではすぐにスイス人の男の子と友だちになったものの、イギリスから美人の子がやってくるとその子の取り巻きとなってしまいました。暫く親しい知り合いもできず学校と家の往復の日々でしたが、ある日ドイツ人の女子大学生が新しく入ってきました。休み時間になるとクラスメイトはお喋りをしに教室の外へ出てしまうのですが、その子はとても内気で教室に座ったまま。気が合うかもしれないと話しかけてみました。
 それから30年、彼女から帰国後に手紙を受け取って以来途切れることなくやり取りが続いています。パリで一緒に過ごした時間は1週間足らずだったのに、誕生日とクリスマスのたびに互いの近況を知らせ合い、手紙の量は一箱に収まらないほどになりました。お互い子供が二人できて、職業人として頑張っています。二人の違いは、彼女は大学を出てからずっと弁護士ですが、私は色々な職業を転々としていること。私が筆無精で書かないことがあっても、彼女は必ず送ってくること。
 インターネットが流行り出したころ、E メールのやり取りを提案したことがあります。彼女からは、「古いやり方かもしれないが直筆の手紙交換を続けたい」と返事が返ってきました。その時の彼女の賢明さのおかげで、素敵な歴史を紡いでこられたのだなとしみじみする秋の夜長です。

第4049号 無題(2026.9.20)

無題
シャインマスカット(ペンネーム)

野良仕事の帰り道、赤トンボ二匹が遊んで欲しいと言わんばかりに目の前を飛び回る。つい先日まで厳しい残暑が続いていたのに、いつの間にか秋の気配を感じる季節になっていた。近づいては離れ、離れてはまた近寄ってくる。そよ風をうまく利用して旋回と上昇下降を繰り返している。
汗臭い僕に興味があるのか?挨拶しているつもりなのか?二匹いるけど兄弟かな?それとも夫婦かな?いずれにしても、とても仲が良さそうだ。

道端のススキの穂が爽やかなそよ風になびいて首を右に左に振っている。
そんなススキに止まろうと何度も着地を試みている。風が収まった瞬間、やっと二匹とも着地に成功。F難度の着地にどや顔でこちらを見ているような気もするし、今日も一日お疲れ様と癒してくれているような気もする。今年初めての出会いだったので、思わずVサインでエールを送ってあげた。そう言えば、今年は黒アゲハやオニヤンマ、アブラゼミなどの夏の昆虫をあまり見かけていない気がする。温暖化や猛暑の影響で、ふ化すべき時期にうまくふ化出来なかったのか?また明日も赤トンボに会えるだろうか?などと色々考えていたら、二匹ともあっという間に離陸して真っ赤な夕焼けの中に消えて行ってしまった。もうしばらく観察して会話をしてみたかったが、きっと家族のもとに早く帰りたかったと思うので仕方がない。こちらも「赤とんぼ」の歌を口ずさみながらその場を離れた。

翌日は雨、次の日も天気が悪く、それからは帰り道で出会うことも無く、短い秋が終わってしまったようだ。次に来るのは寒い木枯らしの季節?寂しい季節になりそうで、とても残念。

第4048号 あなたを思い出す(2026.9.13)

あなたを思い出す
順(ペンネーム)


肉親や親しかった人々との懐かしい想い出は宝物だ。
 けれど案外私たちは行きずりの人やごく淡い縁の人をさえ、折に触れて思い出していることはないだろうか。
 夏休み、早朝ラジオ体操の広場に駆けていく小学生にすれ違えば、寝坊した私のカードにも内緒でハンコを押してくれたお下げ髪の上級生が今も微笑みかける。
 昭和を回顧する番組の、タラップから降り立つビートルズの映像を見るたび、今も一人の女子高生が私の横に小躍りして寄り添う。
 ポール結婚のニュースで寝込んで学校を休み、翌朝泣き腫らした目で登校した同級生。同級生の一人というだけの間柄だったけれど、彼女の一途さが可愛くて眩しかった。
 妊娠二ヶ月頃だった私にバスで席を譲ってくれた、小さな子ども連れのお母さん。外見はまだ全く妊婦とわからない時期なのに「お腹に赤ちゃんがいるのよ、代わって上げましょうね」とお子さんにそっと言い聞かせて。
 込み合うバスで私、不安げだった? お腹を庇う動きをした? ……不思議だったけれど、お子さんもニコニコ顔だったこともあり、ありがたく甘えた。もし間違っていたらと躊躇わない、気付かぬ振りもできただろうその人の勇気と優しさを忘れない。女性から女性へ、母から母となるものへの、なんと心強い励ましだったか。思えば私も妊婦さんと接するとき、あの笑顔が無意識に乗り移っている。
 浅い縁の、なのに忘れ得ぬ人々はこうして不意に、生きいきと私の中に立ち現れ、生涯私を温めてくれる。そしてそのことを夢にも知らないだろう。
 それなら逆に、思いがけない人たちが、何かのきっかけで私を思い出すことがあるかもしれない。
 バスの女性の素晴らしさに及ばなくても、願わくはそのとき、誰かの日常をふわりと微笑ますことができたらとても嬉しい。

第4047号 星と私と(2026.9.6)

星と私と
雨音(ペンネーム)


星を眺めています
ひとつ
ふたつ
みっつ
数えていきます

よっつ
いつつ

たくさんありすぎて
なぜ数えていたのか
よくわからなくなりました

星を見上げています
赤いの
オレンジの
黄色いの
どれが一番きれいかしら

白いの
青白いの

どれでも良くなりました
だって
どれもこれも美しいもの

この星のここで
私のちっぽけな悩みは
消えていきます
星空を眺めるたびに

第4046号 夏休みの絵日記(2026.8.30)

夏休みの絵日記
いとうゆう(ペンネーム)


小学低学年の頃、九州の佐世保に父の転勤で2年間住んだことがある。社宅だったアパートは山の中腹にあり、4階のベランダからは米軍基地である軍港と、その先の海と島々が眺められた。ベランダからシャボン玉を飛ばすと、ふもとの街を超えて海の向こうまで飛んでいくような気がした。父も母もまだ若く、子供だった自分を含め毎日の坂の上り下りを少しも苦に感じていなかった。
3年前に亡くなった母に、人生で一番良かった時期はいつかと聞いたことがある。「佐世保にいた頃かな」と母は答えたがその理由は聞きそびれたままだった。一周忌が過ぎた頃、姉から母がずっと保管していたという紙袋を受け取った。そこには、私の学生時代の通知表やらアルバムとともに小学2年生のときに描いた「夏休みの絵日記」が入っていた。
開いてみると、クレヨンの匂いとともに、家族で過ごした佐世保でのひと夏がよみがえってきた。虫取り網を持って山を歩く母と私、初めての肝試しで「ぎゃー」と叫んでいる私、デパートに入ってクーラーの涼しさに感動している母と姉と私、海で泳ぐ家族と私、花火をしている家族と私、墓参りをしている家族と私・・・その頃の自分たち家族を映した写真は数えるほどしか残っていないけれど、小学2年生だった自分の「夏休みの絵日記」の幼くつたない絵と文章が、佐世保で過ごした家族の日々の記録を確かな存在として伝えているように思えた。母はこの「絵日記」を家族の思い出を語るものとして捨てられずにいたのだろう。そして時々開いて懐かしく見ていたのかもしれない。
母が「佐世保にいた頃がよかった」と言った理由がわかるように思った。あの頃、ベランダから飽かず眺めた佐世保の情景がなつかしく思い出された。

第4045号 給食の思い出(2026.8.23)

給食の思い出
匿名


娘が小学生になって、しばらく新しい生活になかなか慣れず、戸惑うことも多かった。その緊張をほぐしてくれたのが、給食だ。
 毎朝、登校前に献立表をチェックする。大好きなカレーライスのときは「やったー!」と機嫌がいい。その姿を見て、私も給食が楽しみだったな、と思い出した。
 子供のころ通っていた小学校は、学校内に給食室があった。お昼が近づくと学校中にいいにおいが漂い、休み時間に給食室の窓から調理の様子を見ていた。そんな給食の中でも、一番印象に残っているのが「山桃ゼリー」。年に一度しか食べられない、たぶん母校だけの特別なデザートだった。
 山桃は暖かい地域で育ち、街路樹としてよく植えられる。学校の敷地にもあって、夏になると赤くて甘酸っぱい実をたくさんつけた。それを先生、生徒総出で収穫する。木登りが得意な子が上から実を落としてくれると、下にいる子の頭にボロボロと山桃の雨が降った。
そして大量の山桃を給食室まで届けると、全校生徒分のゼリーを作ってもらえるのだ。うすいピンクの透き通ったゼリーの上に、山桃ジャムがのっていて、独特のいい香りと甘酸っぱさが口いっぱいに広がる。自然がくれる夏の味だった。
 いまでも時々食べたくなるけれど、卒業以来目にする機会はない。山桃は日持ちがしないので、産地以外にはあまり出回らないらしく、ただかすかに残る舌の記憶を懐かしんでいる。きっとあのおいしさには、みんなでわいわい騒ぎながら収穫して、一緒に食べたうれしさも含まれていたのだろう。もう再現できない、幻の味だ。
 子供のころの味覚の思い出は、大人になっても残る宝物かもしれない。給食の献立表には、私の知らないメニューが時々出てくる。どんな味なの、ときくと娘は楽しそうに話してくれる。だんだん学校にも慣れてきた様子で、ほっとしている。給食のありがたさが身に染みている日々だ。

第4044号 おじいちゃん(2026.8.16)

おじいちゃん
高松恵

夏休みが始まりラジオ体操に行く子どもたちをみると思い出す
小学5年の夏休み、両親の離婚で転校した
新しい家は母方の祖父母の近くのアパート
家の前がグランドだった
母は私をグランドでラジオ体操している小学生のところに連れて行った
慣れない土地での初めての交流だった

そんなラジオ体操をしていたグランドは、
朝からおじいちゃんたちがゲートボールをしていた
毎朝登校する時に、
「おじいちゃん、おはよう!行ってきます!」
と言うのが日課だった。
おじいちゃんは手を挙げて、
「おぉ!いってらっしゃい」
と笑顔で言ってくれた

ある日おじいちゃんが電器屋さんのオープンセールでプレステを買ってきてくれた
私は初めてゲーム機を手に入れた
本体だけでは何も遊べないプレステに私は戸惑ったが
おじいちゃんにお礼を伝えた

だけど大人になった今、
自転車で行き、並んで買ってくれたその行為自体にもっともっと感謝すべきだったと思う

月日が流れると共に
おじいちゃんが一緒にゲートボールをしている人数が減っていった
最後はおじいちゃん1人になった
誰もいないグランドで1人でボールを打っていた
寂しそうな曲がった背中
今でもその姿は覚えている

私は大人になり年に1回しかおじいちゃんに会わなくなった
会うたびに年老いていく姿
ずっと乗っていた自転車で転倒し施設に入った
コロナ禍になり面会にも行けなくなった
なんとか大切な夫を紹介することができたころには、あまり話せなかった
ただ、あの時の笑顔と同じ笑顔だった

おじいちゃんのお葬式はとても賑やかだった
寂しい思いをたくさんさせてごめんね
おじいちゃんありがとう
みんな仲良くしてるよ安心してね

第4043号 天使になったダンゴムシ(2026.8.9)

天使になったダンゴムシ
相場(ペンネーム)

小さい頃から虫が嫌いだった。

子供を産んで5年。その時はついに来た。「ママ、ダンゴムシ飼いたい」

ああ、ついに来たか、と思った。洗濯物のポケットからダンゴムシが出てこなかっただけまだマシだけれど。「ダメ」とは言えなかった。自分で世話をすると言ってるし、ダンゴムシは鳴きもしないし飛びもしない。「これがダメ」が通用しない。

そうして我が家に来たダンゴムシは3匹。だんごちゃん、まるちゃん、ダンゴマル。

世話は一週間で母の役目になった。朝晩の霧吹き、餌替え、掃除。毎日見ているうちに、不思議と、段々エビに見えてきた。そのうち、餌を食べる様子がちょっと可愛く思えてきた。のそのそ枝を登っているのを見つけた時には、動いているのが嬉しくて、子供たちを呼んだりもした。予想外にも、この小さな生き物に、私の心は日々揺さぶられていた。

飼い始めて2カ月目、まるちゃんが脱皮不全で死んでしまった。悲しかった。涙が滲むくらいに。

捕まえてきた場所に埋めて、丁寧にお墓を作り、ダンゴムシの飼育ケースの横に天使になったまるちゃんの絵を描いた。

夫に「捕まえてこなければ死なずに済んだかもしれない」と漏らしたことがある。

その時、夫はこう言った。

「涼しい部屋の中で、君が毎日欠かさず霧吹きをして餌を取り替えていたあのダンゴムシたちは、野生で暮らすより何倍も贅沢で幸せな生活をしていたと思うよ」

生死についてのコメントは控えながらも、彼らが幸せであっただろうとだけ言ってくれた夫の言葉を、私は今も時々思い出す。

第4042号 あの日携帯電話を届けてくれた人へ(2026.8.2)

あの日携帯電話を届けてくれた人へ
上田まどか

あの日携帯電話を届けてくれた人へ

飲み会でいい気分になった夜更けの帰り道、あと少しで家、というところで転んでしまった。酔っていたせいでズベッと両膝をついてしまって、とても痛かった。楽しかった気分は急転直下、「痛い、痛い・・・」と言いながら起き上がり、半ベソで膝をさすりながら家に帰った。

帰って少し落ち着いたところではたと気づいた。携帯電話が、ない!

あわてて荷物中を探るが、ない。記憶を辿ると、電車に乗っている時まではあったので、いつも入れていた上着のポケットから、転んだ拍子に落ちてしまったのに違いない。

再び半ベソをかきながら、さっき転んだ場所に行ってみるが、やはりない。30分も経っていないのに。

酔いはすっかり覚めていた。ダメもとで交番へ行ってみることにした。

「携帯電話を落としてしまったんですけど・・・」涙目で伝え、警察官に促されるまま書類に、携帯電話の色、メーカーなど特徴を記入していると、若い警察官が奥の部屋から、「これですかね?」と差し出したのは、まさに私の携帯電話だった。

「それです!」と力が抜け、また涙がじわっと出た。まるで池の妖精が「あなたが落としたのはこの斧ですか?」と金の斧を差し出してくれるおとぎ話のようだった。

書類に受け取りのサインをして、交番を出た。携帯電話を盗まれて転売されるなど物騒なニュースが多いので、絶対見つからないと思っていた。こんな夜更けに、わざわざ交番まで届けてくれた誰かに、感謝の気持ちでいっぱいだった。拾ってくれた人に、どうか良いことが起こりますように。祈りながら、私も絶対誰かにいいことで返そう、と痛む膝で誓った。


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