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今週の風の詩

第4018号 娘からの手紙(2026.2.15)

娘からの手紙
山極尊子

朝起きたらテーブルの上に手紙があった。

「ママへ。ついにまちにまったママのたんじょう日だね。はやいけどハッピーバースデーtoYOU!ママは43才じゃなくて、29才にみえるなぁー。ママはいつでもわたしのキラキラかがやくたからもの。おしごとがんばってくれてありがとう」

今日は私の誕生日。この手紙は7才の娘からだ。

私は、娘からの手紙を読むと、近くにあった手鏡で自分の顔をまじまじと見つめた。
白髪がちらほら生え始めたぼさぼさの髪の毛。それに乾燥した肌と刻まれたシワまで…。
どうしたって29才には無理があった。どうやら娘は、昨夜私と夫が「老化」について熱く語っていたのを聞いていたらしい。

私を気遣う娘の心が、誕生日メッセージの文面にのって、私の心にすーっと届いた。きっと私が寝た後に、1人起きてこの手紙を書いたのだろう。そう考えたら居てもたってもいられず、私はペンを取り出すと、娘に返事を書いた。

「しーちゃんへ。すばらしい手紙でママをしあわせにしてくれてありがとう!あなたはママをしあわせにしてくれた人で、ママがうまれてきた理由のひとつです。心は29才のつもりです。でも43才の私もたのしいです。あなたと一緒だから毎日がルンルン!今が一番しあわせかもしれません。宝物はあなた。しーちゃんがママを愛してくれているように、私もそのままのあなたを愛してますよ。」

娘に手紙を渡すと、娘はにっこりと笑って「ママの子でよかった!」と小さな両手で私をぎゅっとだきしめた。
本当のことをいうと、白髪になっても、年をとっても、私はそこまで深く悩んではいないのだ。

用紙が衰えるのはちょっと悲しくはあるけども、それ以上に、35才で命をかけて生んだ、この小さく尊い存在が、少しずつ成長しながら一緒に思い出を積み重ねていく…そんな平凡な毎日が、自分にとっては何事にも代えがたい幸せなのだ。

第4017号 信じること(2026.2.8)

信じること
新満ひとみ

 「どうして大人は『もし落ちたら…』とばかり言うの?」
高校受験を間近に控えた娘に言われた。
 大人は人生経験が長く、失敗を沢山してきているから回避策や回復方法をすぐ考える。言い訳も。
 「落ちる気がしない!」意気揚々と受験会場へ。でも試験後の自己採点では、模試でとったことのない程の最低点。
落ち込まず飄々と過ごす娘に腹が立ち言ってしまった。
「落ちているに決まってる。すぐに次の進路を考えて!」と。
娘は悲しそに、何も言わず、泣いた。私も、泣いた。
 結果が出るまでの2週間は、とにかく長かった。最近、1年間が終わるのをとても早く感じるのに。娘と、まともに話せなくなった2週間は長かった。

 結果は『合格』
今年は問題が難しく平均点が低かったのだ。もちろん嬉しかったけど、同じ位、後悔の念に駆られた。
ずっとずっと応援してきたのに…
なぜ最後まで信じてあげられなかったのだろう。
娘の涙の意味は「不合格かもしれない」と不安や悔しさではなく「お母さんに信じてもらえない」悲しさだったのだと気付いた。

 謝っても、言ってしまった言葉は消えない。
失った信頼を回復する為、言い訳しないで、娘と向き合っていこうと思う。

第4016号 おひとり鍋(2026.2.1)

おひとり鍋
赤澤亮

おひとり鍋
すきな物を入れて、
すきな味をつけにできる。
床に手を置きながら、
茶碗を不細工にもっても
横から口うるさい小言は聞こえない。
湯気を見ると、
あの頃がよみがえる。
キムチ、七味は入れるな、
白菜も食べろ、シイタケを避けるな。
手は机にちゃんと置きなさい、肘をかけちゃだめだよ。
やかましいようで、
それも大事な鍋の具材だった。
スーパーに行っても、それはない。
今日もおひとり鍋。
静かな部屋でひとり、その味を感じながら。

第4015号 父とコダマ(2026.1.25)

父とコダマ

雪乃一恵(ペンネーム)

2週間ぶりに父が退院してきた。玄関をよっこらしょと上がる父の気配を感じるや否や、猫のコダマがふっ飛んできた。父の足元で、すりすりゴロゴロが止まらない。

 90歳の父には辛い心臓の手術だった。入院前は殆ど外出することもなく、母の仏壇に線香をあげ、庭の花に水をやり、コダマを撫でるのが父の日課だった。

 退院し自室で休んでいる父を、コダマが見にいく。いなくなっていないか、確認しないと気が済まないらしい。父が「コダマ!」と呼ぶと、机の上にぽんと飛び乗り、お尻を上げてトントンを催促する。これを3分おきに繰り返す。父もコダマも飽きることがない。

 ――そんなにお尻トントンしないで、やりすぎは良くないって獣医さんが書いてるよ、と私が言うと、「そうかそうか」とナデナデに切り替え、術後療養期間は肩より上にあげてはいけない左手で、そっとコダマのアゴの下をさする。

 2年前、生後4か月で猫伝染性腹膜炎という予後不良の病に罹ったコダマは、1日にチュール1本も食べきれず、苦しさのあまり洗濯機の下に隠れた。それでも名前を呼ぶと、小さな体で這いより、私の膝によじ登った。

劇的に効果がある未承認の薬を知り、3か月に及ぶ入院を経て、末期状態から辛うじて寛解を得ることができた。コダマの生きようとする力が、命を引き寄せたのだ。が、新車1台分の金額が飛んだ。私のへそくり、妹のボーナス、足らずに父の年金まで投入した。

「コダマだって頑張ったんだから」。そう言って父は手術を決意し、長引いた入院の末、足取りもよたよたと帰ってきた。

どうにか取り留めた命とながらえた命。どのくらい続くか分からないけれど、やっぱり嬉しい。それは父もコダマも同じだろう。

庭の牡丹が蕾をたくさん付けた。牡丹の花とコダマの顔の大きさ比べを、どうやら今年もできそうだ。



第4014号 若葉マーク(2026.1.18)

若葉マーク
小林瑞枝

はたちの息子がようやく免許をとった。
ちいさな頃からなにをするにも時間のかかる子である。
ねがえりも、歩きはじめるのも、保育園になれるのも、のんびりしていた。
二十年たったが、車の免許もその例にもれない。
授業に寝坊する。ペーパー試験に落ちる。
春も夏もあっというまに過ぎてしまった。
最終ステップの免許申請の際は、メガネを忘れ出直しになった。
寒い季節になっていた。

さっそく若葉をぺたぺた貼りつけ、息子は運転しはじめた。
制限速度を守り、そろりそろりと発進する車は、彼そのものである。
雨の降る日も、雪の降る日も、かわらない。

息子には樹木の名をつけてある。
実がならなくても、花が咲かなくても、裸木になっても、根をはって空を見上げているだけでいいんだよ、というメッセージをこめた。
若葉マークがよく似合う。
風にあおられても、鳥につつかれても、他人に見られなくても、樹は生きてゆく。人間の何倍も忍耐づよい。





第4013号 心温まる受験生活(2026.1.11)

心温まる受験生活
伊達葉月

何をするにも『今年初めての』という枕詞が付いて回った1月ももう半ば、
テレビやスーパーの店頭でも、受験シーズンを感じさせるこの季節がやってきた。

それを目や肌で感じる度に、家族が誠心誠意サポートしてくれた、もう10年以上も前になる自身の大学受験が思い出される。

給料が割り増しになるわけでもないのに、自発的に補修を行ってくださった英語の先生。
私立でも進学校でもないただの県立高校にもかかわらず、生徒1人ひとりの進路を自分事で考えてくださる先生方への感謝はどれだけ伝えても伝え切れない。

忙しい仕事の合間を縫って、湯島天満宮までお参りに行ってくれた父。
書いてくれた絵馬は、誰よりも神様の目に留まりやすいよう、自前の太いペンを使い大きな字で。更には願掛けに、その写真を合格発表のその日までずっと携帯の待ち受けにしてくれた。

精神面含め誰よりも私をサポートしてくれた母。
当たってしまったこともあったが、妹の高校受験との一家ダブル受験の家計のやりくり、家族がインフルエンザにかかった際は、私に移らないよう徹底的に防御をしてくれた。

無謀な大学を志望した私の合格を毎日お祈りしてくれた祖母。
後に大学の先輩となった祖父と共に、合格をとても喜んでくれた。
祖父はもう亡くなってしまったが、毎年お正月に箱根駅伝を応援したこと、
そして何よりも、卒業証書を並べて一緒に撮った写真は私の宝物だ。

拒否感からか、高校受験も大学受験も高熱まで出す程勉強嫌いだった私が、それでも大学受験を『良い思い出だった』と思えるのは、それを通して家族や先生方、周囲からの温かさを感じることができたからだ。

余裕のない時程自分のことしか見えなくなってしまう私だが、この頃を思い出すと、常日頃からたくさんの人に自分は周囲に支えられているのだと実感することができる。
今年の受験生にとっても、合格以外にも得られるものがある、そんな心温まる受験生活になりますように。

第4012号 父の年賀状(2026.1.4)

父の年賀状

書きましてオメデトウ(ペンネーム)

 お正月で思い出すのは、年賀状だ。幼い頃、京都の実家にはいつも朝10時半ごろ届いた。撚り紐やゴムバンドで括られた束が2つほど。郵便受けに入り切らない。牛乳配達の箱の上かどこかに置かれていた。それを姉や弟と仕分けする。私たち子どもの初仕事だった。

 郵便受けに入り切らないのは、父宛ての年賀が多かったからだ。たぶん4、500枚はあったとおもう。私宛ては小学生だと、まぁ10枚か20枚止まり。父宛ての葉書の多さには子どもながらに感服し、深く敬意を抱いてもいた。

 父は、地元で教師を長年務めていた。年賀状の多くも教え子から。現役女子学生から、卒業間もない二十歳半ばの娘さん、子どもの生まれた三十歳代の青年、働き盛りの会社員やOLまで。家族や知人との写真、手作り版画やハンコと共に、新年の挨拶が記されていた。お節料理の後、煙草をくゆらせ一枚一枚、ゆっくり読んでいた父を思い出す。

 私も元旦と、お年玉の抽選結果が出る折の二回、文面を読んだ。印刷もあったけれど、ボールペンや万年筆、毛筆の手書きも結構な数に上り、家庭や職場の様子が語られていた。気力充実、順調に働いている人もあれば、入院中だったり、介護や育児、残業で大変と苦悩を綴る人も居た。人生色々を学んだ。

 その父も世を去って久しいが私も一時、600枚もの年賀状をやり取りした時期もある。ただも近年は、パソコンやプリンタの世話になっても追いつかず、印刷業者に頼み、400枚程度に抑え、相手に向け一筆添える。北海道、沖縄と住まいを移してきたので、知己に普段なかなか会えない。そんな人に宛てた年賀状は、生存証明書。「郵便物」を超えて、出会ってきた人々と自分を繋ぎ続けてくれる「心の糸」だったのである。

 でも還暦を過ぎ、さすがにこの度の値上げは痛い。SNSの一斉送信で、あの繋がりが保てるかしら。錆びたポストを見ておもう。オイ郵便局、こればっかりは、少し割引してくれたって良いじゃない?

第4011号 おばあちゃんのお雑煮(2025.12.28)

おばあちゃんのお雑煮

今野花菜

雪がチラチラと舞い始める年末年始は、世界で1番大好きな食べ物が食べられる。
それは、大好きなおばあちゃんが作るお雑煮。
いつもお雑煮を作る1週間前から、仕込みとして大根や人参などの根菜類を細切りにして、1度煮てから冷凍してくれる。
齢81のおばあちゃんはきっと、それだけでも疲れるけど、お雑煮を食べたいと強請る私のために作ってくれるのだ。
醤油ベースに根菜と鶏肉とずいきの入った、シンプル故に完成している世界一美味しいお雑煮。
それを食べると身も心も暖まって、家族の食卓にもゆったりとした団欒の空気が流れる。宮城県では年末年始の風習としてナメタガレイの煮付けを食べる。我が家ではお雑煮と焼き餅と一緒に食べることが、定番だ。これが本当に美味しくて、毎食食べても全く飽きないのだ。私のおばあちゃんはとても煮物が上手なのだなと感心する。
そんなおばあちゃんは私と60の歳の差がある。ある意味運命なのか、干支まで同じなのだ。
つまり、10年後は31と91、20年後は41と101になる。
それまでに、あと何回お雑煮が食べられるのだろうか。
年に1回食べられる幸せを噛み締めなければならない。
この年末年始は、大好きなおばあちゃんと穏やかに過ごそう。長生きしてね、おばあちゃん。

第4010号 サンタさんからのカード(2025.12.21)

サンタさんからのカード
ことは(ペンネーム)

クリスマスが近づくと、ふと思い出すことがある。
子供の頃クリスマスプレゼントに添えられていた、サンタさんからのカードについて。
プレゼントも楽しみだったのだが、クリスマスの特別感が漂うデザインのカードに心が踊った。
今年はサンタさん、何を書いてくれるかな。去年は「今年もいい子にしていましたね」と書かれていたっけ。
年齢が上がるにつれて、疑問が湧いてきた。カードの文字が、父の筆跡にそっくりだということ。
父の文字は特徴がかなりあるのだ。疑問に思いながらも、嬉しいクリスマスカードだった。
今はすっかり白髪になり、何だか少しサンタさんに近づいたような父に感謝している。

第4009号 あたたかな朝(2025.12.14)

あたたかな朝
青柳 麟(ペンネーム)

ささやかなお小遣い稼ぎと運動をかねて、商業施設の清掃の仕事を始めた。営業時間前に清掃が終わるようにと朝は早く、しかし1日の残りを有意義に過ごせるのでなかなか気に入っている。

 毎日5人がシフトに入り、5つのコースに分かれて清掃をする。5つのコースのうち、4つは室内だが、残り1つは屋外。厳しく冷え込む冬の朝には、身体の芯から冷えるので屋外コースが当たらぬようにと願いつつ出勤するのである。

 ある日、いつものように慌ただしく出勤の準備をしつつテレビの天気予報に耳を傾けていると、その日は今年一番の冷え込みになるという。いつも以上に、例のことを願いつつ出勤する。事務所に着き、その日の担当が書かれたホワイトボードを確認すると、その怠け心が見透かされたように、見事に屋外コースに私の名前が書かれていた。
 しかし、5分の1の確率なのだから仕方がないと自分を納得させ、道具の準備をしていると、先月から入った大学生が「おはようございます。」と爽やかな挨拶をして事務所に入ってきた。同じようにホワイトボードで担当のコースを確認している。彼は屋外コースでないことに安堵しているのだろうかなどと考えていると、彼が近づいてきて「これどうぞ。」と何かをポケットから取り出した。手を出して受け取ると、じんわりとした温かさが手のひらに広がった。「え?」と私が戸惑っていると、彼は「今日は屋外コース、寒いでしょう。」と一言。カイロを渡してくれたのである。今度は、身体の芯から温かさが広がった。

 清掃仲間とは、朝礼と終礼の前後にわずかに言葉を交わす程度であるが、そのわずかで、しかし温かな交流が、仕事へ向かう足取りを軽くする。

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