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今週の風の詩

第3988号 じゃくじゃくしてる。(2025.7.20)

じゃくじゃくしてる。
睦月(ペンネーム)

私は、自他共に認める食いしん坊である。

先日、長年欲しかったオーブンレンジを手にいれて、嬉しくて舞い上がった私は早速いそいそとクッキーを作った。正確に言えば、クッキー(もどき)を作った。
普段から目分量をモットーとし、「大さじ2」「小さじ1.5」等をまるで守らない私は、果敢に「なんとなく」の分量でクッキー作りに挑んだ。
その結果、クッキーになるはずだった素材たちは、あまりにも硬度を増した砂糖味の板へと変貌を遂げたのだ。
出来上がったその板をオーブンレンジから取り出した時の私の顔は、さぞかし妙ちきりんであっただろう。

そうはいっても、出来上がったクッキー(もどき)には何の罪もないので、もちろん美味しくいただきたい。
がり、じゃく、とクッキーを噛むにしてはいささか獰猛な音を立てながら、勇ましく平らげる。とほほ。
「でもさぁ、初めて作ったにしてはさぁ、上出来だよね。味はさ、味は。」
私は自分に言い聞かせるように、同じくごりっ、じゃく、と音をたてる夫に話しかけた。
夫は一瞬、お、という顔をして、「それよそれ、」と頷いてみせる。なになに。
「そうやって自分を褒めてあげなよー。それでいいんだよ。」

私はなんだか拍子抜けした。
普段は、「何事も頑張らなきゃいけない」「ちゃんとしてないとダメだ」と自分を縛りがちで、周りから「まじめだねぇ」と言われる私は、力の抜き加減を知ることが至極苦手で、多方面でハードルを高く設定する癖があった。目分量で調理を開始する割には、クッキーも「クッキーのあるべき姿」でなければダメなものだと思っていた。
だから、夫のその一言を聞いた時に、「あ、いいんだ、これで。」と胸がぽっとなった。
同時に、普段はふざけてばかりで本当にどうしようもない人だけれど、私を私のままでいさせてくれる言葉をすっと差し出してくるなんて、ずるい人だ、と思った。

じゃくじゃくしたクッキーは、とても甘かった。

第3987号 生き返る植物(2025.7.13)

生き返る植物
佐々木 みほ子

植物を育てるのが好きだ。
でもホームセンターで私が買ってくるのは
いつも半額になっている枯れかけた花の苗
や、もう今年は枯れかけた花の苗や、もう
今年は咲き終わった花のない枝だけのもの
だったりする。
「死んじゃったような草ばっかりを買って
きて何がたのしいのよー」を家族に言われ
るのが、これがものすごく楽しいのだ。
もう枯れてダメだろうな…と思った花の苗
が、庭に植えて水をやると3日後にしゃきっ
と新しいつぼみをつけはじめたり、いきな
り増えてお花畑のように仲間をふやしはじ
めたり。植物の力強さ、生命力ってすごい、
再生するって奇跡みたい。そんなことを感
じながら毎日水をやったり、肥料をあげて
いる。

第3986号 屋根裏のアライグマ騒動(2025.7.6)

屋根裏のアライグマ騒動
taraimo(ペンネーム)


以前からカサカサ、コソコソの気配。気のせいかと思う時もあったけれど、初夏を過ぎて激しい物音、大運動会が始まったのです。眠る時に眺める天井の木目が好きですが、じわじわとシミが広がってきて、いよいよ屋根裏の探索へ。懐中電灯で左右、奥を照らして、ついにその正体がアライグマだと分かりました。奥の方で子の鳴き声が…… 
40数年住む家の屋根裏へ登ったのは初めて。それは少し新鮮でワクワク感もありました。庭先に沿う川、木登りの得意なアライグマは生い茂る庭木を伝って2階の屋根まで辿り着き、楽園を見つけたのでしょう。断熱材、ダンボール、発泡スチロール、布切れは、彼らの寝床作りに好条件。カラコロ転がる物音を不思議に感じていたけれど、父と母が頂いた引き出物、食器やグラスなどを収納していて、他人様から見たらガラクタでも、懐かしく可笑しみのある物たち。それらを存分に使って、彼らなりの世界を築いていたのです。困惑と彼らの仕事力を讃える気持ちとで複雑に。何とか出て行ったアライグマ親子ですが、業者の方に塞いでもらった穴以外にも抜け道はありそうで、しばらく経過観察中。
野生動物との共生は難しいけれど、彼らもひたむきに生きていることは受け止めたいです。

そして庭木の手入れ、散髪もしないとですね。彼らを楽園へと誘ってしまったのは、私たち住人なのですから。

第3985号 誕生日プレゼント(2025.6.29)

誕生日プレゼント
サクランボ(ペンネーム)

夫に介護が必要になって、食事の支度を一部近所のご飯屋さんにお願いすることになりました。
時間になったら、散歩のリハビリがてら夫婦で公園を抜けたところにあるご飯屋さんにご飯を受け取りに行くのです。
店主のAさんは料理が大好きな明るい人。
自分の家族に食べてもらうのと、同じ感覚で作っているそうです。
「家族に出せないものはお客様にも出せません」といつも温和なAさんにしては
珍しくきっぱりと厳しい表情で言い切ってました。

だしはもちろん、昆布、かつお、にぼしでで朝の5時からとり、地場の新鮮な野菜や、良質なお肉やお魚を使っているそうで、採算を度外視した、旬の本当に美味しい物を作ってくれます。
春菊と茎わかめの胡麻和え蒸し鶏とヒジキと紫玉ねぎのサラダ、柴漬けの入った特製タルタル(マヨネーズも自分で作成!)がかかった鳥南蛮などなと・・どれも細やかで丁寧な、それでいてどこか懐かしい家庭の味です。毎回、感謝して「美味しい、美味しい」と夫婦2人で頂いてます。

そんなある日、夫の誕生日が近づきました。
たまには贅沢に外食でも・・・と思いましたが、夫が「Aさんの料理がいい」との事で、誕生日も料理をお願いしました。
前もってAさんに「明日は夫が誕生日なんですよ」と伝えておきました。

当日、食事をとりに行くとKさんが
「お誕生日おめでとうございます。あの・・・これ・・・以前お好きだと言ってたので・・・」控えめにちんまりと小さなパックに入っていたのは夫が好きな、長いもを刻んだものでした。
しかも、誕生日と聞いたので、「特別にみょうがとしそも一緒に刻みました」・・・忙しいのに、ぬるぬるした長いもを数少ないまな板で一生懸命刻んでくれたなんて・・・

Aさんが以前ポロリとこぼしましたが、全くお金に縁がないそうです。
お料理は好きだけど、採算度外視と物価高で経営はいつも厳しいそうです。
そんな中、誕生日プレゼントに出来る限りの事で、一生懸命長いもを刻んでくれたのでしょう。
目の奥がツーンとしました。
今迄で一番うれしい誕生日プレゼントでした。


第3984号 古本街の味わい(2025.6.22)

古本街の味わい
ぽぴん(ペンネーム)

神保町にはよくよく通ったものだ。私ではなく彼がとても文学好きで否応なしに連れて行かれた。学生時代には彼はしょっちゅう神保町を訪れて古本屋を巡っていた。好みの本屋が数軒あって、あそこには近代文学が揃っている、あそこには詩集の初版本がある、など趣味に応じてどこへ行ったらよいか、暗記しているぐらいに通ったものだ。
 あれから久しぶりにこの街を訪れる機会があった。奇しくも古本祭りの日であったので、目抜き通りはひとひとでごった返しているぐらい盛況であった。しかし、よく街並みをみてみると、かつてはなかったラーメン屋さんなど飲食店が増えている一方で、昔ながらの純喫茶店が頑張っていて微笑ましく感じた、実際に、若い学生さん、特に若く身奇麗な女の子たちが多いことか。その上、こうした喫茶店のコーヒーは本当に味わい深く美味しい。みんなが好みの書籍を購入し喫茶店で中身を確かめながらコーヒーと共に活字を味わう、これが今でも息づいている、心地よい風情ある街だ。
 先日、この街で、漱石鴎外一葉にまつわるセミナーがあって参加してみた。この3人がこの街と深い関わりがあって、文化の香りを改めて感じた。街は常に変貌していくだろうが、その街の独自の文化は時代と共に行きていくことだろう。どこの街にもこうした物語がある筈だ、ぜひこれからも探して味わっていこう。

第3983号 老犬との穏やかな時間(2025.6.15)

老犬との穏やかな時間
山本美和

私の愛犬は12歳になりました。子犬の頃は毎朝私より先に起きて、しっぽを振りながら元気に散歩をせがんでいましたが、最近はベッドからのそのそと起き上がる姿に年齢を感じるようになりました。以前はリードを持つと飛び跳ねて喜んでいたのに、今ではこちらを見上げて「あまり遠くには行きたくないよ」という顔をすることもあります。

ある日の夕方、いつものように散歩に出かけたのですが、途中で愛犬が突然立ち止まりました。周りを見ると、近所の公園の花壇に咲く小さな花をじっと見つめているようでした。しばらくその場で動かないので、私も立ち止まって愛犬の視線を追いました。普段なら気にも留めないような花が、なぜかその時は私にもとても美しく見えました。愛犬が教えてくれた、小さなものに目を向ける大切さ。その瞬間、心がじんわりと温かくなりました。

帰り道、愛犬の足取りは少しだけ軽やかでした。家に帰ると、ベッドに戻って深い息をついて眠り始めました。その穏やかな寝顔を見ながら、彼と過ごせるこの一瞬一瞬をもっと大切にしたいと思いました。小さな花を一緒に見つめたあの時間が、心の中で優しく輝いています。

第3982号 お父さんの涙(2025.6.8)

お父さんの涙
望月さみ(ペンネーム)

 お父さんは器用な手を持っているひと
トラクターを自在に操り
農作物を懸命に育み
私が知らない頃には絵を描き
私が気づいた頃には木を彫っていた
朝から晩まで黙々と
畑に木に命を宿し続けたお父さん
皮肉にも老いた先には
まだらな光の靄のなかに放り込まれてしまった
お父さんの器用なその手はもう
お母さんの手を握りしめるしかほかない
台所の音をむこうにしながら
言葉をさがしひろいぽろぽろこぼす想いは
「おとうさん、なんもできなくなっちゃったよ」と
ちいさくちいさくふるえ涙ぐむのだ
そんなことはないよと
自分でトイレに行ったりお風呂に入ったり
まだまだできることあるじゃないと
愚鈍な私はそれしか言えなかった

季節が彩づいたらまた会いにくるよ
浅黒いニカッとした笑顔で迎えてよ
穏やかな速度で話しながら
お母さんに見つからないように
ふたりでちいさくちいさく泣こうよ

第3981号 誕生日には花束を(2025.6.1)

誕生日には花束を
yatch(ペンネーム)

ここ3年、私と義母はお互いの誕生日に花を贈り合っている。
きっかけは3年前、私の乳がん治療だった。
化学療法が始まり一番気分が落ち込んでいた時期、奇しくも私の誕生日だった。
その日夫の実家に帰省する予定が、娘の発熱により帰省できなくなった。
夫がお詫びの連絡を入れると、翌日義両親は誕生日ケーキと大きなアレンジメントフラワーを持って来てくれた。
それはピンクと紫と緑が合わさった、柔らかな色の美しいアレンジメントフラワーだった。
それまで私は花に興味がなかった。
でも届けられた花は、治療のつらい時期をただ耐えて乗り切るだけの私の生活に、温かな彩を添えてくれた。
生き生きとした花たちを見ていると、どこからかポジティブなエネルギーを感じて心が元気になった。
私は生まれて初めて花の美しさとエネルギーを知った。
義母にお礼のメッセージを送ると、意外な返事が返って来た。
私は以前、母の日にブーケを送ったことがある。
それはちょうど義母が介護疲れで気持ちが沈んでいた時期で、送った花にとても癒されたのだそうだ。
義母はあの時の自分と同じように、花が私の癒しになればとう気持ちだったようだ。
私は涙が止まらなかった。
結婚して12年、お世話になってばかりだったから。
「早く元気になって恩返しをしよう」そう花を見て心に誓った。
あれから3年、共に秋生まれの私達はお互いの誕生日に毎年花を贈っている。
この秋、義父に病気が見つかり手術を受けた。
術前の検査から付き添い、心身ともに疲れている義母の様子が気になった。
私と夫はそんな彼女の誕生日に、今までで一番大きな花束を予約した。
誕生日当日、幸いにも義父が退院できることになった。
花が届けられた夕方、お礼のメッセージが届いた。
義母は不安な日々の中で自分の誕生日をすっかり忘れていたそうだ。
恩返しが出来ているかは分からない。
でも少しでも早く2人の元気な姿が見れることを心から願っている。

第3980号 公園口(2025.5.25)

公園口
椿原 龍(ペンネーム)

僕だって
一本早い電車に乗ってくるのだけれど
待ち合わせ場所にはいつも
君のほうが早く着いていて
風景画へ溶け込むみたいに
やわらかく立っている

最近読んだ本
商店街の新しいカフェ
水瓶座が一位だったこと
何を話そうか考えても
会ったらきっと忘れちゃう

3番ホームから
地上へと続く長い階段
向こう側から溢れてくる緑色の光
僕を見つけて笑っている君に
小さく手を上げて応えたりしながら
早く同じ額縁に入りたくて
駆け足で改札を抜けるんだ


第3979号 紅茶を語る人(2025.5.18)

紅茶を語る人
山口恵子



森の中にある小さなティールームを訪れた時のことだ。

緑に囲まれた白いコテージの中にはアンティークの置物や山野草が飾られていて、

初めてなのにとても居心地がよかった。

手作りのメニューを見てあれこれと迷いながら、温かい紅茶と焼き菓子を注文した。

窓際のガラスの置物に木漏れ日の当たる様子をぼんやり眺めていると、店主がお茶を

運んで来てくれた。

「最初の一杯はこちらで注いでよろしいですか?」

お店の方がポットを静かに上下させて、小花模様のティーカップに紅茶をゆっくりと

注ぎながら、注文した紅茶の茶園の風景や茶葉の香りの特徴などを静かに話してくれた。

穏やかに語る声は音楽のようで、見たことのない遠い国の茶園の様子がふと目に浮かぶ

ようだった。

幻の紅茶と呼ばれる美しい色のお茶の香りをそっと嗅いでゆっくりと味わうと、いつも

よりずっとお茶に親しみを感じた。

茶器やお菓子や部屋の雰囲気だけでなく、お茶に纏わる話が紅茶をより美味しくしてく

れたのだった。

アッサム、ウバ、キーマン、ヌワラエリア、きっとメニューの数だけ物語があるのだろう。

美味しいお菓子を味わいながら、静かな店内でゆったりとした時間を過ごすことができた。


帰り道、山を下りながら森の教会を通り過ぎて見慣れた街にたどり着くと、先ほどまで居た

森の中の店がはるか遠くに感じるようだった。

今度あのお店に行く時は、別のお茶を頼んでみよう。

吟遊詩人のような紅茶の物語を聴きながら、あの時間をまたすぐにでも味わいたいような、

もう少し心の中でゆっくりと思い返したいような不思議な気持ちで家路についた。

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