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今週の風の詩

第3893号 甥っ子の門出(2023.09.24)

甥っ子の門出

                          無色透明(ペンネーム)


9月某日、甥っ子の結婚式に参列した。私の弟の長男であ
る甥っ子は、ことし32歳になる。子どものいない私たち
夫婦にとっては、かつては実の子のように感じたこともあ
った。幼い頃、我が家のソファの上で飛び跳ねていたら、
何かの拍子にバランスをくずし、頭をゴツン。
火のついたように泣き出し、急いで弟達両親が病院へつれ
ていった。その後、数時間後にはケロッとした表情で、再
び我が家に顔を出したときは驚いた。
数針縫ったというのに、「おじちゃんのとこに行く」と言
って、きかなかったらしい。
なぜか私によくなつき、「絵をかいて、絵を書いて」とせ
がまれ、当時はやっていたアニメの主人公を何枚も飽きる
まで書いたものだ。結婚式は今時というのか、堅苦しいも
のではなく、和気あいあいとしたものだった。とりわけ
新郎の友人らの出し物は、趣向に富むというより荒唐無稽
にも近かった。だが友人の多さに、甥っ子の人柄が伝わっ
てきたし、花嫁の涙を拭う姿には、これから二人で素敵な
家庭を築くだろう予感に包まれた。もし自分にも子供がい
たら、、、そんな思いが、フワッと一瞬わいて消え去った。

第3892号 靴を捨てる (2023.9.17)

靴を捨てる
taeko(ペンネーム)

これはもうずいぶん前に買った靴だ。あるときオシャレな
靴を履いて出かけたものの、足が痛くて歩けなくなり、通
りかかった商店街の靴屋で買ったのだ。とにかく痛いので
デザインには目をつぶって選んだ。
安いし、ほんとうに野暮ったい黒い靴なのだが、これがと
ても歩きやすい。今日はたくさん歩くという日にはこの靴
を履くようになった。靴箱を開けてこの靴を取り出すときに、
必ず思い出す人がいる。
昔、ドイツで暮らしていたときに語学学校で知り合ったアフ
ガニスタン人のJだ。最初はお互い殆どドイツ語をしゃべれ
なかったが、がんばって勉強して、いつも二人一緒に進級し
た。穏やかな笑顔でゆっくりとしゃべる女性。アフガニスタ
ンでは学校の先生をしていたが、タリバンの暴力がひどくな
って住んでおられず、家族とともに山の中を数日間歩き続け
てパキスタンに出て、そこから飛行機でドイツにやってきた。
「山の中を歩きつづけて靴がこわれてしまった。3足を履きつ
ぶした」と言った。
たいへんな道のりを歩いたのだ。
そんなときに頼りになるのは歩きやすい靴だろうな。
Jのその話が印象的で、日本でのほほんと暮らしていながら
わたしは「もし非常事態になって、家を捨てて歩かなくては
ならなくなったら―」などと想像してしまう。そんなときに
はこの野暮ったいが頼りになる靴を履くだろうと思う。
そして、外出するときに靴箱から取り出すたび、いつもアフ
ガニスタンの山を歩き続けたJのことを思ってしまう。Jとつ
ながる靴なのだ。長年履いて靴底がさすがに傷んできた。
そろそろ捨てる時なのかもしれない。
でもそうしたらわたしはもうJのことを思い出さなくなるの
だろうか。アフガニスタンはふたたびタリバンが暴政をしい
ている。Jはドイツで元気で暮らしているだろうか。
やっぱり、あと1年でいいからこの靴は続けて履こう。
捨てるのはもうちょっと先にしよう。きっとまだ大丈夫。

第 3891号 そこにあるもの/あったもの (2023.09.10)

そこにあるもの/あったもの
辰野 泰之
先日初めて少し値の張る椅子を買った。
いままで使ってきた椅子は処分するつもりだ。
今の家に住んでから毎日のように座ってきたその椅子はくたびれはじめてきて、
中央が軽くへこんだ座面をみると少し寂しい気持ちになる。
それは家の中ではいつも存在感があって、
私が住んでいる小さなワンルームの部屋のどこにいても目に入る。
特段座りやすいこともなかったし、高価なものでもなく、
デザインがとびきり好みだったわけでもない。
でも、そんな椅子でも毎日のように座って過ごしていたので愛着が生まれていたみたいだった。
愛着のあるものを手放す時に寂しいという感情が伴うのはなぜだろう。
いつもあるものがふと目にしたときに無くなっていると、
それがどんなにささやかなものであっても、無くなったという感覚は
しっかりとした喪失感として私の胸に残る。
椅子の形、大きさ、色、匂い、座り心地、そんな記憶の波が私に向かって押し寄せてくる。
海に飲み込まれる記憶を私は浜辺でただ見つめることしかできないような気持ちになる。
私の中の損なわれたスペースを埋めるように、
新しく買った椅子をいままでの椅子があった場所に置く。
そうしてまた新しい愛着が失ってしまった愛着の代わりを務めていく。
まるでそこにあったものが、今そこにあるものへと愛着のバトンを渡すように。

第 3890号 ベンツとテントウムシ( 2023.09.03)

ベンツとテントウムシ
Mokiちゃん(ペンネーム)
我が家にはユニークで面白いルールがある。
それは「ベンツ」と「テントウムシ」。
ベンツというと高級外車、テントウムシはもちろん昆虫のことで、
分からない人には何のことかさっぱり分からないが、
すぐに察しが付く人もいるかも知れない。
私は独り身で、住宅費を節約したい姪と甥が余った部屋にちゃっかりと同居している。
美味しいケーキやおまんじゅう、パンなどを買って帰ると、3人で仲良く分けるのが我が家のルールである。
一人につき一種類ずつ買えばいいものを、欲張ってできるだけ様々な種類のものを味わいたいため、
ついつい3種類違うものを買って帰り、それを3等分するのが我が家の決まりである。
貧乏性かもしれないが、三人であれやこれや言いながら切り分ける作業が楽しい。
切り分ける時に「ベンツ」「テントウムシ」のルールが幅を利かす。
円形のケーキやパンの場合は「ベンツ」。
すなわち、あの高級外車メルセデス・ベンツのマークのように切り分ける。
チャレンジはいびつな形や四角いものが入ったものである。
「ベンツ」にすると不公平になる場合があり、我が家では自然と「テントウムシ」のルールが生まれた。
すなわち、上部三分の一をカットし、そのあと残りを縦に半分に切り分けるとなんとか収まりが付く。
ちょうどその形がテントウムシのようだったので、それを3人で「トントウムシ・ルール」と命名した。
ケーキ屋さんやパン屋さんで美味しそうなものを見つけると、姪や甥と「これならベンツできる」とか「これはテントウムシ」とかワイワイ言いながらお互い好きなものを選び、3種類のものを購入する。
そして、自宅に戻りベンツまたはテントウムシの儀式をしたあと美味しいコーヒーを入れて楽しんでいる。
私にとって、それが楽しく幸せなひと時である。

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