今週の風の詩
第4018号 娘からの手紙(2026.2.15)
第4017号 信じること(2026.2.8)
第4016号 おひとり鍋(2026.2.1)
第4015号 父とコダマ(2026.1.25)
2週間ぶりに父が退院してきた。玄関をよっこらしょと上がる父の気配を感じるや否や、猫のコダマがふっ飛んできた。父の足元で、すりすりゴロゴロが止まらない。
90歳の父には辛い心臓の手術だった。入院前は殆ど外出することもなく、母の仏壇に線香をあげ、庭の花に水をやり、コダマを撫でるのが父の日課だった。
退院し自室で休んでいる父を、コダマが見にいく。いなくなっていないか、確認しないと気が済まないらしい。父が「コダマ!」と呼ぶと、机の上にぽんと飛び乗り、お尻を上げてトントンを催促する。これを3分おきに繰り返す。父もコダマも飽きることがない。
――そんなにお尻トントンしないで、やりすぎは良くないって獣医さんが書いてるよ、と私が言うと、「そうかそうか」とナデナデに切り替え、術後療養期間は肩より上にあげてはいけない左手で、そっとコダマのアゴの下をさする。
2年前、生後4か月で猫伝染性腹膜炎という予後不良の病に罹ったコダマは、1日にチュール1本も食べきれず、苦しさのあまり洗濯機の下に隠れた。それでも名前を呼ぶと、小さな体で這いより、私の膝によじ登った。
劇的に効果がある未承認の薬を知り、3か月に及ぶ入院を経て、末期状態から辛うじて寛解を得ることができた。コダマの生きようとする力が、命を引き寄せたのだ。が、新車1台分の金額が飛んだ。私のへそくり、妹のボーナス、足らずに父の年金まで投入した。
「コダマだって頑張ったんだから」。そう言って父は手術を決意し、長引いた入院の末、足取りもよたよたと帰ってきた。
どうにか取り留めた命とながらえた命。どのくらい続くか分からないけれど、やっぱり嬉しい。それは父もコダマも同じだろう。
庭の牡丹が蕾をたくさん付けた。牡丹の花とコダマの顔の大きさ比べを、どうやら今年もできそうだ。
第4014号 若葉マーク(2026.1.18)
第4013号 心温まる受験生活(2026.1.11)
テレビやスーパーの店頭でも、受験シーズンを感じさせるこの季節がやってきた。
それを目や肌で感じる度に、家族が誠心誠意サポートしてくれた、もう10年以上も前になる自身の大学受験が思い出される。
給料が割り増しになるわけでもないのに、自発的に補修を行ってくださった英語の先生。
私立でも進学校でもないただの県立高校にもかかわらず、生徒1人ひとりの進路を自分事で考えてくださる先生方への感謝はどれだけ伝えても伝え切れない。
忙しい仕事の合間を縫って、湯島天満宮までお参りに行ってくれた父。
書いてくれた絵馬は、誰よりも神様の目に留まりやすいよう、自前の太いペンを使い大きな字で。更には願掛けに、その写真を合格発表のその日までずっと携帯の待ち受けにしてくれた。
精神面含め誰よりも私をサポートしてくれた母。
当たってしまったこともあったが、妹の高校受験との一家ダブル受験の家計のやりくり、家族がインフルエンザにかかった際は、私に移らないよう徹底的に防御をしてくれた。
無謀な大学を志望した私の合格を毎日お祈りしてくれた祖母。
後に大学の先輩となった祖父と共に、合格をとても喜んでくれた。
祖父はもう亡くなってしまったが、毎年お正月に箱根駅伝を応援したこと、
そして何よりも、卒業証書を並べて一緒に撮った写真は私の宝物だ。
拒否感からか、高校受験も大学受験も高熱まで出す程勉強嫌いだった私が、それでも大学受験を『良い思い出だった』と思えるのは、それを通して家族や先生方、周囲からの温かさを感じることができたからだ。
余裕のない時程自分のことしか見えなくなってしまう私だが、この頃を思い出すと、常日頃からたくさんの人に自分は周囲に支えられているのだと実感することができる。
今年の受験生にとっても、合格以外にも得られるものがある、そんな心温まる受験生活になりますように。
第4012号 父の年賀状(2026.1.4)
第4011号 おばあちゃんのお雑煮(2025.12.28)
それは、大好きなおばあちゃんが作るお雑煮。
いつもお雑煮を作る1週間前から、仕込みとして大根や人参などの根菜類を細切りにして、1度煮てから冷凍してくれる。
齢81のおばあちゃんはきっと、それだけでも疲れるけど、お雑煮を食べたいと強請る私のために作ってくれるのだ。
醤油ベースに根菜と鶏肉とずいきの入った、シンプル故に完成している世界一美味しいお雑煮。
それを食べると身も心も暖まって、家族の食卓にもゆったりとした団欒の空気が流れる。宮城県では年末年始の風習としてナメタガレイの煮付けを食べる。我が家ではお雑煮と焼き餅と一緒に食べることが、定番だ。これが本当に美味しくて、毎食食べても全く飽きないのだ。私のおばあちゃんはとても煮物が上手なのだなと感心する。
そんなおばあちゃんは私と60の歳の差がある。ある意味運命なのか、干支まで同じなのだ。
つまり、10年後は31と91、20年後は41と101になる。
それまでに、あと何回お雑煮が食べられるのだろうか。
年に1回食べられる幸せを噛み締めなければならない。
この年末年始は、大好きなおばあちゃんと穏やかに過ごそう。長生きしてね、おばあちゃん。
第4010号 サンタさんからのカード(2025.12.21)
第4009号 あたたかな朝(2025.12.14)
毎日5人がシフトに入り、5つのコースに分かれて清掃をする。5つのコースのうち、4つは室内だが、残り1つは屋外。厳しく冷え込む冬の朝には、身体の芯から冷えるので屋外コースが当たらぬようにと願いつつ出勤するのである。
ある日、いつものように慌ただしく出勤の準備をしつつテレビの天気予報に耳を傾けていると、その日は今年一番の冷え込みになるという。いつも以上に、例のことを願いつつ出勤する。事務所に着き、その日の担当が書かれたホワイトボードを確認すると、その怠け心が見透かされたように、見事に屋外コースに私の名前が書かれていた。
しかし、5分の1の確率なのだから仕方がないと自分を納得させ、道具の準備をしていると、先月から入った大学生が「おはようございます。」と爽やかな挨拶をして事務所に入ってきた。同じようにホワイトボードで担当のコースを確認している。彼は屋外コースでないことに安堵しているのだろうかなどと考えていると、彼が近づいてきて「これどうぞ。」と何かをポケットから取り出した。手を出して受け取ると、じんわりとした温かさが手のひらに広がった。「え?」と私が戸惑っていると、彼は「今日は屋外コース、寒いでしょう。」と一言。カイロを渡してくれたのである。今度は、身体の芯から温かさが広がった。
清掃仲間とは、朝礼と終礼の前後にわずかに言葉を交わす程度であるが、そのわずかで、しかし温かな交流が、仕事へ向かう足取りを軽くする。




