今週の風の詩
第3989号 釣果(2025.7.27)
釣果
西山聖子
夫の趣味は釣りである。釣り用語には、日常での使い方と違う意味を持つ言葉がいくつかある。
例えば、魚が一匹も釣れなかった時には「坊主」、隣の釣り人の糸と自分の糸が絡まったことを「お祭り」、「ばらす」は、針に掛かった魚を逃がしてしまった時に使うのだ。夫が「今日はナナマルの真鯛が釣れた!」と言えば、七十センチの大物。逆に「木っ葉しか釣れなかった」は、木の葉みたいに小さい魚のことを指し、言葉の意味を知るのも面白い。
釣った魚が食卓に並ぶ日は、夫と魚に感謝して残さずに頂くため、自己流だが料理法も色々と調べた。三枚おろし、焼物、煮物など基本的な調理法以外にもその時々で工夫している。自分で捌くと、普段スーパーで買っている魚では味わうことの出来ない新しい発見がある。
最近、なかなか一緒に釣りに行けない私は専ら捌いて食べる役が多いが、夫は前日に準備した道具を持ち、今日も早朝から張り切って出かけて行った。私は釣れた時の夕食のパターンをいくつか想定して買い物に行く。
刺身のツマ用に大根と胡瓜と大葉、鯵のたたき用には生姜と長葱。出刃包丁と刺身包丁も研いで、用意周到である。
夕方、そろそろ帰る時間なので私は期待しながらメールする。「何が釣れましたか?」五分後、返信あり。「坊主です」
そういう日もあるよね、と私は気を取り直して、もう一度エコバッグを手に、今夜のメニューを考えながらスーパーへ向かった。




