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今週の風の詩

第3992号 夏の風(2025.8.17)

夏の風
nogi(ペンネーム)

新緑の葉が眩しく光り、すっかり大学に馴染んだ学生達が笑い合うキャンパスの中、私は1人だった。
入学直前に病気になり、2ヵ月ほど登校できなかった私は完全に人間関係構築に出遅れたと言っていいだろう。
もう遅いという諦めと、そんなものは必要ないんだ、という虚勢の入り交じった鉛色の感情を胸に隠しながら、毎日黙々と講義を受けていた。さながら顔の付いていないロボットのように。
必修の英語の時間、機械的に椅子に座っていた私に隣の席の女の子が話しかけてきた。
「ごめん、ボールペン貸してくれへん?」
ロボットから不意に人間に戻され、もぞもぞと筆箱をあさり、ボールペンを手渡した。
「ありがと!」
その子はそのまま前を向き、講義が終わるまで一度もこちらを見なかった。
講義が終わり、いつペンを返してくれるのか気不味くコソコソしていた私を尻目に、彼女は講義室を出ていった。
なめられている、そう静かに苛立った。いつも1人の私に対してはボールペンの一つや二つ借りパクしていい権利でも憲法に書いてあるのだろうか。
いつもより重い鉛色の感情を抱えたまま1日の講義を終え、正門へ向かった。
その時後ろから私の名前を呼ぶ声がした。ペンを貸した彼女だった。
「ごめん、ボールペン返すタイミング逃して…。さっきから探しててんけど、見つけられて良かった。これ、返すね」
彼女がわざわざ私を探していた事よりも、私の名前を知っていた事が衝撃だった。
「なんで名前…」
「英語の授業でいつも隣りやん」
「そっか…」
彼女はしばらく下を向いていた。
「私、大阪から上京してきたんやけど、馴染めんくて友達おらんの。よかったら仲良くしてくれへん?」
そう一気に言うと彼女はより深く下を向いた。
私はできるだけ明瞭に「うん」と言い、私達はぎこちなく連絡先を交換した。
スマホを大事そうに持ちながら歩き去っていく彼女は、急に立ち止まった。
「また明日!」
その時私は自分がどんな顔をしていたのか分からない。自然と手を振っていた。
正門を出た私の前を、今年初めての夏の風が通り過ぎた。

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