今週の風の詩
第3999号 負けた!(2025.10.5)
負けた!
坂本ユミ子
二十年前、夫と二人で箕面へ紅葉狩りに行った時のことです。箕面は紅葉の名所で、ちょうど見頃を迎えていました。天気もよく、お弁当を持って出掛けました。阪急箕面駅から大滝まで約三キロの山道は多くの人で賑やかでした。箕面と言えば猿で有名ですが、一匹も姿を見せません。
「今日は猿が出て来ないね」
「人が多いからだろ」
私たちはそこが「猿天国」であることをすっかり忘れて、油断していました。
散策してから、川べりの木製ベンチに座ってお弁当を食べ始めた時でした。何か気配を感じて振り返ると、一匹の猿がいつの間にか忍び寄ってきて、ベンチに置いた蜜柑の入った袋を取ろうとしていました。驚いて大きな声を上げると、猿も驚いて掴んだ袋を落としました。
落ちた袋を挟んで、夫と猿の睨み合いになりました。周りに人が集まってきました。猿は全身で威嚇し、夫はバックパックを武器に攻撃態勢に入りました。猿が夫に飛び掛って来たら、私も参戦しなくてはと、ハラハラしながら成り行きを見守っていましたが―。
ふっと夫が気を緩めた瞬間、猿は地面に転がっていた蜜柑を一個だけ取って、逃げました。そして、すぐ近くで私たちに見せつけるように、蜜柑の皮をむいて食べ始めました。夫が一言、「負けた!」。
「蜜柑を一個取られただけだから、あなたの勝ちでは?」
夫は首を振りました。
「猿はボクが攻撃しないと見抜いていた。ボクも猿が威嚇しているだけだとわかっていた。気を抜いた方が負けだ」
猿は自分の何倍もある大きい夫が怖かった。でも蜜柑がほしくてがんばったのでしょう。
夫と結婚する前、大滝の前で若いカップルが茶店で買ったばかりのお団子を猿に取られたのを見たことを思い出しました。
「ベンチに置いたりするからだ」
「そうよね。すぐに食べな、アカン」
夫と笑っていたのに、まさか自分たちが「猿のひったくりショー」の主役になるなんて―人のことは笑えません。
「今日は猿が出て来ないね」
「人が多いからだろ」
私たちはそこが「猿天国」であることをすっかり忘れて、油断していました。
散策してから、川べりの木製ベンチに座ってお弁当を食べ始めた時でした。何か気配を感じて振り返ると、一匹の猿がいつの間にか忍び寄ってきて、ベンチに置いた蜜柑の入った袋を取ろうとしていました。驚いて大きな声を上げると、猿も驚いて掴んだ袋を落としました。
落ちた袋を挟んで、夫と猿の睨み合いになりました。周りに人が集まってきました。猿は全身で威嚇し、夫はバックパックを武器に攻撃態勢に入りました。猿が夫に飛び掛って来たら、私も参戦しなくてはと、ハラハラしながら成り行きを見守っていましたが―。
ふっと夫が気を緩めた瞬間、猿は地面に転がっていた蜜柑を一個だけ取って、逃げました。そして、すぐ近くで私たちに見せつけるように、蜜柑の皮をむいて食べ始めました。夫が一言、「負けた!」。
「蜜柑を一個取られただけだから、あなたの勝ちでは?」
夫は首を振りました。
「猿はボクが攻撃しないと見抜いていた。ボクも猿が威嚇しているだけだとわかっていた。気を抜いた方が負けだ」
猿は自分の何倍もある大きい夫が怖かった。でも蜜柑がほしくてがんばったのでしょう。
夫と結婚する前、大滝の前で若いカップルが茶店で買ったばかりのお団子を猿に取られたのを見たことを思い出しました。
「ベンチに置いたりするからだ」
「そうよね。すぐに食べな、アカン」
夫と笑っていたのに、まさか自分たちが「猿のひったくりショー」の主役になるなんて―人のことは笑えません。




