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今週の風の詩

第4012号 父の年賀状(2026.1.4)

父の年賀状

書きましてオメデトウ(ペンネーム)

 お正月で思い出すのは、年賀状だ。幼い頃、京都の実家にはいつも朝10時半ごろ届いた。撚り紐やゴムバンドで括られた束が2つほど。郵便受けに入り切らない。牛乳配達の箱の上かどこかに置かれていた。それを姉や弟と仕分けする。私たち子どもの初仕事だった。

 郵便受けに入り切らないのは、父宛ての年賀が多かったからだ。たぶん4、500枚はあったとおもう。私宛ては小学生だと、まぁ10枚か20枚止まり。父宛ての葉書の多さには子どもながらに感服し、深く敬意を抱いてもいた。

 父は、地元で教師を長年務めていた。年賀状の多くも教え子から。現役女子学生から、卒業間もない二十歳半ばの娘さん、子どもの生まれた三十歳代の青年、働き盛りの会社員やOLまで。家族や知人との写真、手作り版画やハンコと共に、新年の挨拶が記されていた。お節料理の後、煙草をくゆらせ一枚一枚、ゆっくり読んでいた父を思い出す。

 私も元旦と、お年玉の抽選結果が出る折の二回、文面を読んだ。印刷もあったけれど、ボールペンや万年筆、毛筆の手書きも結構な数に上り、家庭や職場の様子が語られていた。気力充実、順調に働いている人もあれば、入院中だったり、介護や育児、残業で大変と苦悩を綴る人も居た。人生色々を学んだ。

 その父も世を去って久しいが私も一時、600枚もの年賀状をやり取りした時期もある。ただも近年は、パソコンやプリンタの世話になっても追いつかず、印刷業者に頼み、400枚程度に抑え、相手に向け一筆添える。北海道、沖縄と住まいを移してきたので、知己に普段なかなか会えない。そんな人に宛てた年賀状は、生存証明書。「郵便物」を超えて、出会ってきた人々と自分を繋ぎ続けてくれる「心の糸」だったのである。

 でも還暦を過ぎ、さすがにこの度の値上げは痛い。SNSの一斉送信で、あの繋がりが保てるかしら。錆びたポストを見ておもう。オイ郵便局、こればっかりは、少し割引してくれたって良いじゃない?