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今週の風の詩

第4020号 無題(2026.3.1)

無題
照井あゆみ

 七十歳代と思われる夫婦が営んでいた近所の八百屋が突然閉じた。この地に越してきてから二十数年、外出した帰りに必ず寄るくらい、日課になっていた身にとって、衝撃的な出来事であった。
 この店を気に入っていた理由は、形が不揃いだろうが多少傷みかけていようが、手頃な値段で提供してくれたから。地元でとれた旬の野菜や、市場で見切り品として出ていたであろう輸入果物などを、カゴいっぱいに盛って百円とか、キリの良い値段で売ってくれた。
 普段、この八百屋の野菜ばかり見ていると、スーパーに並ぶ野菜は綺麗だが、上品でよそ行きの顔に見えた。何といっても値段が高いので、買う気はおこらなかった。
 振り返ると、この店のおかげで野菜が一層好きになったし、私たち家族の健康維持に大いに貢献してくれたと思う。感謝の気持ちでいっぱいである。御礼を伝える間もなく、あっけなく閉店してしまった。
 想像するに、高齢の店主にとって、朝早くから市場に仕入れに行き、店に運び、値をつけ、店頭に野菜を並べて売るというのは、かなりの肉体労働だったはずだ。後継者もいず、店をたたむことに決めたのは、もしかしたらかなり前からだったのかもしれない。
 なくなってから、この八百屋が私にとってとても大きな存在だったことに気づいた。一つの店の喪失が、こんなに寂しいとは。今の私の状態はまさしく「〇〇八百屋の名前)ロス。゛テナント募集゛と貼られた閉まった八百屋の前を通るたびに、店主の聞き慣れた声が蘇ってくる。
 新たな買い物を模索中であるが、立ち直るまでに時間がかかりそうだ。今はとにかく、その八百屋に、ありがとうございましたと御礼を述べたい。

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