今週の風の詩
第4022号 幸せ過ぎて怖い(2026.3.15)
幸せ過ぎて怖い
長澤沙也加(ペンネーム)
娘と息子に、寝る前に絵本を読んでいる。
その日の絵本は、かわいらしいネズミのキャラクターのお話だった。
ネズミが走っていると、仲間のネズミたちが「どこに行くの?」と訊いてくる。しかし、ネズミは立ち止まらずに走り去って、仲間たちがそれを追いかける。途中バナナの皮を踏んで転んだり、穴に落ちたりして、ようやくたどり着いた先では、たくさんの仲間たちが、月明かりの下で踊っていた。みんなで一緒に踊り「ダンスをすると幸せな気分になるね」と言い合う。そして、最後に「幸せ過ぎて怖い!」とネズミが言う。
それを読むと、娘が、こう質問してきた。
「幸せ過ぎて怖いって、どういう意味?」
わたしは、スマートフォンで「幸せ過ぎて怖い 意味」と検索しようとして、いやいや、「幸せ過ぎて怖い」は、意味もなにも、「幸せすぎて怖い」ということだろうと、画面を切り、考え、「幸せ過ぎて怖いって、どういうことだろうね」と質問に質問で返してしまった。
「幸せ過ぎる」という状態は、子どもにとっては「幸せ過ぎる」という、そのままの状態として受け取られ、そこに「怖い」が直結する意味が、わからなかったのだろう。
「幸せ過ぎて怖い」という状態には、2パターンあると思う。ひとつは、幸せな出来事が重なり過ぎて、それ自体が単純に怖い、というもの。もうひとつは、幸せな出来事が重なり過ぎて、こんなに幸せなことが続くということは、きっとこのあとは悪いことが起こるはずだ、という予測からくる怖さだ。
何歳ぐらいからわたしは、この「幸せ過ぎて怖い」という言葉の感覚を、理解できるようになったのだろう。
娘が「幸せ過ぎて怖い」を理解できる日は、いったい、いつになるだろう。その日が少し不安なような、楽しみなような、複雑な心境である。
その日の絵本は、かわいらしいネズミのキャラクターのお話だった。
ネズミが走っていると、仲間のネズミたちが「どこに行くの?」と訊いてくる。しかし、ネズミは立ち止まらずに走り去って、仲間たちがそれを追いかける。途中バナナの皮を踏んで転んだり、穴に落ちたりして、ようやくたどり着いた先では、たくさんの仲間たちが、月明かりの下で踊っていた。みんなで一緒に踊り「ダンスをすると幸せな気分になるね」と言い合う。そして、最後に「幸せ過ぎて怖い!」とネズミが言う。
それを読むと、娘が、こう質問してきた。
「幸せ過ぎて怖いって、どういう意味?」
わたしは、スマートフォンで「幸せ過ぎて怖い 意味」と検索しようとして、いやいや、「幸せ過ぎて怖い」は、意味もなにも、「幸せすぎて怖い」ということだろうと、画面を切り、考え、「幸せ過ぎて怖いって、どういうことだろうね」と質問に質問で返してしまった。
「幸せ過ぎる」という状態は、子どもにとっては「幸せ過ぎる」という、そのままの状態として受け取られ、そこに「怖い」が直結する意味が、わからなかったのだろう。
「幸せ過ぎて怖い」という状態には、2パターンあると思う。ひとつは、幸せな出来事が重なり過ぎて、それ自体が単純に怖い、というもの。もうひとつは、幸せな出来事が重なり過ぎて、こんなに幸せなことが続くということは、きっとこのあとは悪いことが起こるはずだ、という予測からくる怖さだ。
何歳ぐらいからわたしは、この「幸せ過ぎて怖い」という言葉の感覚を、理解できるようになったのだろう。
娘が「幸せ過ぎて怖い」を理解できる日は、いったい、いつになるだろう。その日が少し不安なような、楽しみなような、複雑な心境である。




