今週の風の詩
第3913号 チョコの日(2024.2.11)
チョコの日
渡会克男(ペンネーム)
中学一年生の孫娘が浮かない顔で帰宅した。
「どうした?」と尋ねると、大きなため息をついてソファーにへたりこんだ。
「あのさあ、ジイジが子供の頃、バレンタインデーってあった?」
「あったよ」と、私は一人の少女を思い出す。
中学三年の時、その子からチョコをもらった。その子は私とよほど関りを持ちたいらしく、〝不幸の手紙〟(例の『この手紙と同じ文章で、友達5人に出さないと不幸になります』というアレだ)をくれたこともあった。
「こう見えて、案外モテたんだぞ」
すると、「そんなことはどうでもいいの」と孫は口を尖らせ、こう聞いてきた。
「それで、どうお礼を言ったの?」
「何にも言わなかった。そういうことにはシャイだったんだ」
「ふーん。――あのね、その子ったら、私が心を込めて作ったチョコをその場で食べて『味はすごくいいけど、形が岩石だな』と笑ったの」
「好きです」と口に出せない言葉をチョコに託す、チョコを渡すために挙動不審な通学路……孫の話を聞いていると今もなおそんなバレンタインデーが生きているらしかった。
「そんな楽しい体験ができるのも今のうちだけだよ。ジイジなんか――」
私は妻から「チョコが欲しかったら、好きなのを自分で買って」とお金を渡されたのだった。