今週の風の詩(2023年~)
第4051号 秋の朝(2026.10.4)
秋の朝
大橋一将
歩けるようになったけれど、まだ、言葉を話せない娘。歩くことの喜びを覚えたようで朝のゴミ出しにもついてくる。ゴミの集積所は、マンションのエントランスを出た先にある。エントランスの扉を開けると、びゅーと秋風が吹きつけた。
転ばないように、ゆっくりと歩いていると、風で飛ばされた枯葉が、カサカサと僕らを追い抜いて行く。
娘は「あーあー」と、かけっこしている枯葉を指差して追いかけて行く。僕は慌てて、ゴミを集積所に置いて、娘の手を握った。
空は気持ちのよい秋晴れ。僕もそのまま枯葉を追いかけてみたい気持ちになった。
少し歩くと、娘の興味は、枯葉から次に移り、再び、娘の「あーあー」が始まる。小さな指がさし示す先を見ると、Aさん宅の生垣であった。そこには白くて丸い花が咲いていた。花の名前はわからないが、かわいい花だった。娘を抱っこして、その花をよく見せてあげた。
すると、白い花からミツバチが出てきて、僕はのけ反るように驚いた。娘の方は大喜びをして、足をばたつかせいた。
生垣を見渡すと、至る所にミツバチたちが、花粉まみれになって飛んでいた。彼らは、懸命に蜜を求めて、温かそうな花の中に潜っていく。白い花を出入りするミツバチを見ていると、まるで、この生垣が、ミツバチのマンションのように見えてくる。
腕の中にいる娘は、体をくねくねさせて、きゃっきゃっと喜んでいた。どうやらミツバチが花に潜る様子を真似しているようである。
毎朝、この生垣を目にしているはずなのに、花が咲いていることも、ミツバチたちが、ここを頼りにしていることも知らなかった。
僕が娘を家の外へと連れ出しているつもりが、反対に、娘に知らない世界へ連れ出されているような秋の朝であった。




